研究成果のご紹介

蜂蜜は、皮膚の傷をどのようにして治癒するのか

東ピエモンテ大学(イタリア) エリア・ランツァート(2010年度採択)

蜂蜜は古来より、創傷治癒やスキンケアのために世界各国で伝承的に利用されてきた。医療の現場においても、傷や火傷の治療に役立つ天然素材として期待を集めており、臨床使用に関する研究も数多く行なわれている。一方で、治癒に至るまでのメカニズムや、蜂蜜の種類、すなわち蜜源植物(蜂蜜の原料となる花蜜を供給する植物)による効果の違いについては不明な点が多い。

そこで、イタリア・東ピエモンテ大学のエリア・ランツァート博士らの研究グループは、蜂蜜による創傷治癒のメカニズムと、蜂蜜の種類によって効果やメカニズムに違いがあるのかを明らかにするために、培養細胞を用いた試験管内試験を行なった。

ランツァート博士が注目したのは、創傷部位の“再上皮化”である。再上皮化とは、傷に面した上皮細胞(体の表面の細胞)が移動して傷をふさぎ、元の状態へ戻そうとする過程のことである。そして再上皮化で特に重要なのは、上皮細胞が“上皮間葉転換”を経て、その性質を変えること。上皮細胞は本来、細胞どうしの結合などによって固定されているため自由に動き回ることができないが、上皮間葉転換を起こすことで、傷をふさぐために移動できるようになるのである。

ランツァート博士らは、蜂蜜が創傷部位の再上皮化にどのような影響を与えるのかを調べるため、シート状に培養したヒト皮膚細胞(角化細胞)に針状のチップを用いて引っかき傷をつけ、蜂蜜を添加しない状態、あるいは、アカシア蜂蜜、ソバ蜂蜜、マヌカ蜂蜜を0.1%の濃度になるようにそれぞれ添加した状態で24時間培養した。陽性対照として、強力な創傷治癒促進剤である血小板溶解液を20%の濃度で添加した。そして、傷をつけた直後と培養後の傷の幅から再上皮化率を算出した。再上皮化が起きるほど傷の幅が狭くなるため、再上皮化率を高める成分は、再上皮化を促す働きを持つと判定できる。試験の結果、すべての蜂蜜が、無添加の状態よりも著しく高い再上皮化率を示した(図)。

蜂蜜は、皮膚の傷をどのようにして治癒するのか

3種の蜂蜜で同様に創傷治癒が促進された。

さらに、より詳細なメカニズムを解析するため、再上皮化に関わるタンパク質や遺伝子の変化を調べたところ、再上皮化率の結果とは異なり、蜂蜜の種類によって違いが見られた。特に、アカシア蜂蜜とソバ蜂蜜が、創傷治癒に関わる“上皮間葉転換”を制御するさまざまな遺伝子の発現を著しく変化させたのに対して、マヌカ蜂蜜では顕著な変化がほとんど認められなかった。この違いは、蜜源植物由来の成分の違いに起因するものと考えられる。

以上の研究結果から、蜂蜜による創傷治癒のメカニズムのひとつが“再上皮化”の促進であること、そしてその過程に関わるタンパク質や遺伝子の動きが、蜂蜜の種類、すなわち蜜源植物の違いによって異なることが示された。この結果は、蜜源植物の異なる蜂蜜の併用によって、より高い治療効果が得られることを示唆している。今回の研究成果が、糖尿病性創傷や慢性潰瘍、火傷といった重篤な皮膚症状の治療へと応用されることが期待される。

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