蜂蜜は、皮膚の傷をどのようにして治癒するのかB
〜過酸化水素とカルシウムイオンの働き〜
東ピエモンテ大学(イタリア) シモナ・マルティノッティ(2016年度採択)
皮膚の傷(創傷)を治す天然素材の発見や利用は、古くから重要なテーマとされてきた。そのような中で蜂蜜は、創傷治癒に役立つ価値ある薬として伝承的に利用されてきた。また近年では、科学的な研究の成果として、創傷治癒を早める作用が報告されている(詳しくは「蜂蜜は、皮膚の傷をどのようにして治癒するのか」を参照)。しかし、蜂蜜がどのようなメカニズムによって創傷治癒作用を発揮しているのかは、十分には明らかにされていなかった。
創傷治癒の基礎的なメカニズムには、カルシウムイオンが大きく関わっている。細胞が傷を受けると、細胞内のカルシウムイオンの濃度が上昇し、これが引き金となって、細胞の増殖、遊走(移動)、分化といった皮膚の再生に関わるメカニズムが活性化されるのである。
カルシウムイオン濃度を上昇させる因子としては、過酸化水素とアクアポリンが報告されている。細胞内の過酸化水素濃度が高まると、細胞外のカルシウムイオンが、細胞膜上にある特定の通路(TRPM2、Orai1)を通って細胞内に流入する。
一方アクアポリンは、細胞膜に存在するタンパク質で、9種類の型がある。水分子を通過させる穴を持っており、細胞の浸透圧を調節することで、細胞内のカルシウムイオン濃度を制御している。さらにアクアポリンは、細胞内への過酸化水素の浸透を促すことも報告されている。しかし、アクアポリンを介した細胞内への過酸化水素の流入が、カルシウムイオンの濃度に影響を与えているかは不明だった。
蜂蜜は、含有する酵素の働きによって過酸化水素を産生する。そこで今回、マルティノッティ氏らの研究チームは、蜂蜜の産生する過酸化水素が、蜂蜜の創傷治癒作用の鍵となる因子ではないかと考え、詳しいメカニズムについて、過酸化水素とカルシウムイオンならびにアクアポリンに着目して研究を行った。
まず、ヒトの皮膚に由来する培養細胞に、アカシア蜂蜜、マヌカ蜂蜜、ソバ蜂蜜をそれぞれ添加し、細胞内のカルシウムイオン濃度を測定した。その結果、いずれの蜂蜜の添加でも細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇したが、特にマヌカ蜂蜜を添加したときに最も高くなったため、以降の試験ではマヌカ蜂蜜を用いた。
続いて、細胞にマヌカ蜂蜜を添加したときの、アクアポリン1〜9の発現量を測定した。その結果、アクアポリン3の発現が最も高くなったため、以降の試験ではアクアポリン3を標的とした。
最後に、以下のA〜Dの条件で細胞にマヌカ蜂蜜を添加したときの、細胞内のカルシウムイオン濃度を測定し、さらに、シート状に培養した細胞に人工的に傷をつけ、B〜Dの条件でマヌカ蜂蜜を添加したときの、傷の塞がった割合を測定した。
A.細胞外にカルシウムイオンが無い
B.蜂蜜が産生した過酸化水素が消去される
C.アクアポリン3の発現を抑える
D.TRPM2やOrai1を機能させない(細胞内にカルシウムイオンが流入できない)
その結果、A〜Dのいずれの条件においても、細胞にマヌカ蜂蜜を添加したにもかかわらず、細胞内のカルシウムイオン濃度の上昇が見られなかった。また、B〜Dの条件では、マヌカ蜂蜜のみを加えた場合と比べて、傷の塞がった割合が低くなった。すなわち、マヌカ蜂蜜の創傷治癒作用が阻害されていた。
以上のことから、蜂蜜の創傷治癒作用は、以下のメカニズムによって発揮される可能性が初めて示された(図)。