ブラジル産プロポリスは風邪やインフルエンザとどのように戦うのか
弘前大学大学院 医学研究科 松宮 朋穂(2010年度採択)
寒い時期に猛威をふるう風邪やインフルエンザの原因はウイルスである。これまでに、ブラジル産プロポリスが抗ウイルス活性を持つとの報告や、風邪からの回復を早めたり、風邪のだるさを軽減したりするとの報告はあったが、詳細な作用メカニズムは不明だった。そこで弘前大学大学院の松宮朋穂助教らの研究グループは、培養細胞を用いて、プロポリスが抗ウイルス効果を発揮するメカニズムを調べた。
初めに、私たちの体に生まれながらに備わっている抗ウイルス機構について説明する(図)。
インフルエンザウイルスに代表されるRNAウイルスは自力で増殖できないため、他の生物の細胞(宿主細胞)に感染して自らの遺伝情報であるRNAを放出し、宿主細胞を乗っ取ることによって増殖する。そこで宿主細胞はウイルスに対抗するため、細胞内のウイルスセンサーによってこのRNAを検知し、I型インターフェロンの発現を促す。I型インターフェロンは、IFN誘導因子と呼ばれるタンパク質群の産生を誘導する。IFN誘導因子には、ウイルスタンパク質の合成阻害やウイルスRNAの切断、ウイルス感染した細胞へのアポトーシス(細胞死)誘導などを行なう多様なタンパク質が含まれ、これらのIFN誘導因子の働きによってウイルスの増殖や感染の拡大が防がれる。さらに前述のウイルスセンサー自体がIFN誘導因子であるため、I型インターフェロンの発現が高まるとウイルスセンサーの量が多くなり、抗ウイルス機構が増強される。I型インターフェロンの一種であるIFN-βについては、炎症を引き起こすタンパク質(炎症性タンパク質)の発現を調節すること、すなわち、IL-8の発現を阻害したり、CCL5の発現を誘導したりすることが報告されている。
初めに松宮助教らは、前述の抗ウイルス機構に対するブラジル産プロポリスの働きを調べるため、ヒト肺癌細胞株A549にブラジル産プロポリスエキスを0.1, 1, 10 μg/mLの濃度で添加し1時間処理した。そして、RNAウイルスの感染を疑似的に再現するため、人工的に合成した2本鎖RNAを細胞内へ導入して、抗ウイルス機構に関わる種々のタンパク質の量を測定した。その結果、プロポリスの前処理によって、ウイルスセンサー(RIG-IおよびMDA5)の量が変化することなく、IFN-βの発現が部分的に抑制されるが、IFN誘導因子の一種でありインフルエンザウイルスの増殖を抑制するMX1タンパク質の発現は促進されることが示された。
続いて松宮助教らは、ウイルス感染時の過剰な炎症に対するプロポリスの影響を調べた。
まず、IFN-βに関係する炎症性タンパク質に注目し、前述の処理を行なったA549細胞におけるIL-8およびCCL5の量を測定したところ、2本鎖RNAの導入によって上昇するこれらのタンパク質の発現が、プロポリスの前処理によって抑えられることが明らかとなった。さらに、急性炎症時にみられる白血球の遊走が抑えられることも分かった。以上の結果から、ブラジル産プロポリスが、ウイルスセンサーによって誘導される体内の抗ウイルス機構の活性を、I型インターフェロンに依存しないメカニズムによって維持するとともに、ウイルス感染時の過剰な炎症反応を抑えて細胞を保護することが示唆された。
現在、既存の予防・治療法によって一部のインフルエンザウイルスが変異し新種のウイルスが生じることが報告されており、すべてのウイルスに対処できる予防法や抗ウイルス薬の開発が急務となっている。そのようななか、すべての型のインフルエンザウイルスRNAを検知するウイルスセンサー(RIG-I)の発現を抑えることなく、感染時の過剰な炎症を抑制するブラジル産プロポリスは、新たな予防・治療法を開発する上で有用な素材であるといえる。さらに、ウイルス感染による過剰な炎症は、重度の神経障害を伴うインフルエンザ脳症の発症と関連していることから、ブラジル産プロポリスはインフルエンザの重症化を防ぐ可能性がある。人におけるブラジル産プロポリスの抗ウイルス効果の検証が待たれる。