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I. ミツバチについての基礎知識
  —ミツバチと環境—

ミツバチと環境

花と昆虫の共生

    陸上に生物が出現してからの、生物学的な年代は、古生代(シルル紀、デボン紀、石炭紀、三畳紀)、中世代(三畳紀、ジュラ紀、白亜紀)、新世代に分類されている。古世代は約5億年前、中世代の始まりは2億5千万年前、新世代の始まりは約7千万年前である。
    陸上の植物の多く(約8割)を占めるのは、種子植物 Spermatophyta である。種子植物は、主に種子によって繁殖する植物だが、それはより広くは、維管束を持つ維管束植物に含まれる。その種子植物は、裸子植物(門)と被子植物(門)に分かれる。最初に繁栄していた種子植物は、裸子植物である。それが約1億2千万年前から1億年前の間に、被子植物が圧倒的に増え、裸子植物の森林は、被子植物の森林に変わっていった。
    裸子植物(らししょくぶつ、Gymnospermae)は、花がなく、胚珠がむきだしになっているものである。現存するものとしてはシダ類、ソテツ類、針葉樹類、マオウ類などがこれに属する。一方、被子植物(ひししょくぶつ、Angiospermae、Magnoliophyta、Angiosperm)は、生殖器官である花が特殊化して、胚珠が心皮にくるまれて子房の中に収まったものを指す。果実は心皮が成長したものである。被子植物は風や昆虫によって受粉するが、被子植物の繁栄は、受粉を担う多様な昆虫類の出現した時期と重なっている。

flower

図1-26.花の基本構造

    受粉の担い手 pollinator としての昆虫は、ハチを含む膜翅目以外に、甲虫類、双翅目(ハエ、アブなど)、鱗翅目(蝶や蛾など)がいる。花蜜を分泌する蜜腺をもった植物が出現したのは、8000万年前頃とされている。これらの植物の花は、ブラシ状花、旗状花など、ハナバチ媒花 bee-pollinated flowers と呼ばれるものである。花粉を食べるだけでなく、花蜜を食べる昆虫が出現したのも、この時期以後だと推定されている。
    ハチもそうした昆虫に含まれるが、すべのハチが花に訪れるわけではない。これまでみつかっている最古のハナバチの化石は、ハリナシバチ属 Trigona の働きバチのもので白亜紀末期(約6500万年前)の地層から見つかっている。
    なお、後に出現した動物である鳥やコウモリも花粉媒介者である。

人間による環境破壊

    現在の地球環境は、基本的にこの1億数千万年前の地球と同じと考えられているが、150万年前と推定される人類 Homo sapience の登場は、地球の植物の様相を大きく変化させた。
    その第1は、1万年前から数千年前から始まった農業である。農業は次第に規模を拡大し、植物相だけでなく、動物や昆虫の相も変化させている。人間の移動は、この動きに拍車を掛け、産業化は、それを加速している。さらに20世紀に顕著になった石炭や石油などの化石燃料の大量消費は、地球温暖化をもたらしていると警告されている。
    世界のハナバチは、7科に分類されている。日本にいるハナバチは6科である。世界のハナバチの分布をみると、もっとも多様性が見られる地域は、ユーラシア大陸(欧州)南西部、北米南西部(カリフォルニアなど)、オーストラリアである。それらは、やや乾燥した温暖な地域と考えられる。最も多様なカリフォルニアでは約2000種が報告されている。熱帯や温帯地域では、多様性が減少してくる。日本での報告は、約400種である。日本にいる(野生の)真社会性ハナバチは、ニホンミツバチ、マルハナバチ(14種)、ツヤハナバチ属とコハナバチ属(数種)ほどしかいない。
    地球規模の気候変動は、当然、植物の分布を変動させ、花粉媒介者(送粉者)の分布も変動させる。しかし、20世紀において顕著になってきたのは、農薬の大量使用による環境への影響である。

農薬の影響

   農薬の環境への影響を最初に警告した書としてよく知られている、レイチェル・カーソンの「沈黙の春 Silent Spring」が刊行されたのは、1964年である。この本でカーソンが指摘したのは、農薬として大量に散布されたDDTなど発がん性のある化学物質が野生生物と人間に与える悪影響であった。その後、野生生物の脳・神経系にも作用するペレスロイドなど有機リン系農薬の影響が懸念された。さらに、1990年代の中頃には、シーア・コルボーンらが、環境に放出された性ホルモンと同じような働きをする内分泌かく乱物質に警鐘を鳴らした。
    さまざまな警告や規制が強化されたことで、農薬は、ますます微量で効き目があり、短期間で揮発してしまうなど、残留性の低い、「環境にやさしい」、選択性の高いものが開発されている。それでも、ミツバチなどへの被害は少なくないと思われる。
    ひとつの指摘されている例は、再び養蜂に使われるようになったニホンミツバチに対するネオニコチノイドの被害である。昔と違って、揮発性が高く、残留性の低い農薬の場合、広域の被害は問題にならないと言われるが、実際は、局所的に使われることで、局所的な被害がでているようである。そうした被害は顕在化し難い。

姿を消したミツバチ問題 Colony Collapse Disorder

   この数年、ミツバチが姿を消してしまう、コロニーの消失現象(Colony Collapse Disorder、 略してCCD、日本語では、 蜂群崩壊症候群)が、米国などで大きな問題になっている。そのような現象は日本では報告されていなかったが、今年(2009年)になって同じような現象が注目されるようになった。米国では政府関連の報告書もだされている(Johnson07)が、American Bee Journal など、民間での情報交換も盛んである。この問題については、一般向けの問題提起の本(Jacobsen08)が昨年出版されたが、その訳本もすぐ刊行された(中里09)。
    CCDに関しては、分子生物学的な研究者も関心を示している。例えば、Cox-Fosterらは、コロニー崩壊が起きたミツバチの巣から採取した細菌叢 microflora と正常なコロニーから採取したそれとのDNAを比較するという、メガゲノム Megagenome の手法で、コロニー崩壊の原因と疑われるウィルスを発見している(Cox-Foster07)。ただし、この研究には批判もある。
   CCDの原因としてはこの他に、各種のウィルス説、各種の農薬、アーモンドの受粉作業など受粉動物としての酷使、人工授精など不自然な育種、気候変動、などが挙がられているが、どれもまだ決め手に欠けており、これらの影響が複合したものという説が有力になっている(Le Conte08)。

地球温暖化の影響

   現在、政治問題になっている地球規模の気温上昇傾向は、ミツバチの生息や養蜂産業にも大きな影響を与えている可能性がある。セイヨウミツバチは、生息環境に関して高い適応能力を示してきたが、気温上昇は、相互依存関係にある植物や病原生物にも影響を与えるから、その複合的な効果は予測しがたい。こうした影響はまだ顕在化していないが、見守っておかなければならない要素である。

人間とミツバチの新しい関係

   養蜂事業は、野生ミツバチの生物学を基礎知識とした産業であるが、ミツバチも養蜂家も、事業なるがゆえの新しい事態の数々に対処しなければならなくなっている。
    例えば、養蜂大国である米国での養蜂事業の大きな収益源は、カリフォルニアの広大なアーモンド果樹園の受粉である。このような環境でのミツバチは、餌をほとんど単一蜜源植物に依存している。また、人工授精女王バチの利用は、やり方によっては、優秀な系統に過度に依存する状況を生み出す。さらに、給餌についても、単純な砂糖水(米国ではコーンシロップ)でなく、さまざまな栄養素を含んだサプリメントが与えられているミツバチ群もいる。さらに、ダニ対策では薬物が使われるなど、大規模産業としての養蜂で飼われているミツバチは、すべての面で、極限までの効率性が追求される状況に置かれている。
    こうしたことと、これまで食生活がそれほど豊かでなかった発展途上国が、めざましい経済発展によって多様な食材を求め始めたことも、多様な農産物の増産圧力を高めている。それは果樹や農作物の受粉媒介者としてのミツバチの重要を高める要因になってきていると想像される。養蜂に使われるミツバチは、法律上は「家畜」と定義される。産業とは言え、これまでの養蜂には牧歌的なイメージが強かったが、この産業においても、一部では近代的な食肉産業のような効率を極限まで追求する、動物にとっては過酷な産業に変貌してきている。現在起きているミツバチ不足は、こうしたミツバチの置かれた環境の苛酷さにその原因があるのではないかという推測もある(Jacobsen08)。
    人類は昔からミツバチとハチミツなどのミツバチ産品を利用してきた。このことは、多くの民族が残している記録の最初の部分から、ミツバチやミツバチ産品についての記述が見られることからも明らかである。そうした人とミツバチとの親密な関係に、有史以来という危機が忍び寄っている。
    現在の人類を脅かしているのは、生物多様性の減少と、温暖化という気候変動である。セイヨウミツバチは、養蜂業者によって世界各地に運ばれ、そこで野外に飛び立つようになっている。一方で、各地の固有種と呼ばれる野生ミツバチは、森林の伐採や都市化によって本来の生息地を狭められている。
    ここにおいてミツバチに関する、一見相反するような、2つの課題が浮かび上がってくる。第1は生物学、あるいはより広く科学と技術を駆使して、産業としての養蜂の効率を極限まで追及していくことである。この視点から言えば、品種の改良や人工受精、巣の改良、給餌や給水の工夫などが課題となる。もうひとつの課題は、ミツバチの生息環境を確保し、養蜂の適地を拡大していくことである。
    しかし、この2つの課題解決に必要な科学、技術、構想力には共通するものが多い。こうした努力は、究極において、「ミツバチによいことは、人にもよいことだ」というように収束していくことが理想であろう。

参考文献

花と昆虫の進化

  • 加藤真、送粉者の出現とハナバチの進化(井上民二、加藤真(編)、花に引き寄せられる動物―花と送粉者の共進化、平凡社、1993年、第2章)
  • Alison Benjamin/Brian McCallum, A World Without Bees, Guardian Newspapers Ltd, 2008.

環境汚染物質

  • Rachel Carson, Silent Spring, 1962.(レイチェル・カーソン(青樹簗一訳)、沈黙の春、新潮文庫、新版2004年、新潮社 新版2001年)
  • Theo Colborn, Our Stolen Future, 1997.(シーア・コルボーン(長尾力訳)、奪われし未来、翔泳社、2001 )

CCD関連文献

  • Rowan Jacobsen, Fruitless Fall, The Collapse of the Honey Bee and the Coming Agricultural Crisis, Bloomsbury, 2008. (中里京子訳、ハチはなぜ大量死したのか、文藝春秋社、2009年)
  • Renee Johnson, Recent Honey Bee Colony Declines, CRS Report for Congress, 2007.
  • Questions and Answers About Colony Collapse and Israel Acute Paralysis Virus, American Bee Journal, November 2007.
  • Boecking,Otto, Kiesten Traynor, Varroa Biology and Methods of control, American Bee Journal, October 2007.
  • Jerry Hayes, Colony Collapse Disorder: Research Update, American Bee Journal, December 2007.
  • Randy Oliver, The "Nosema Twins", American Bee Journal, June 2007.
  • D.L. Cox-Foster et al., A Metagenomic Survey of Microbes in Honey Bee Colony Collapse Disorder, Science, 318: 283 - 287, 2007.
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  • 越中矢住子、ミツバチは本当に消えたか?、ソフトバンククリエイティブ、2010.
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  • Neumann, P., Carreck, Norman L.: Honey Bee Colony Losses (Guest Editorial). Journal of Apicultural Research 49(1): 1-6, 2010.
  • R Winfree, Pollinator-Dependent Crops: An Increasingly Risky Business, Current Biology, 18'20): R968-R969 2008.

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