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I. ミツバチについての基礎知識
  —学習教材としてのミツバチ—

学習教材としてのミツバチ

現代のミツバチ学

    生物学は、分子生物学によって共通の基盤がつくられた。このこともあって、現代の生物学はかつてのような「枚挙の学問」ではなくなっている。しかし、昆虫のようなあまりにも種が多く、モデル動物として専ら実験室の研究にとどまっている線虫(C.エレガンス)やショウジョウバエと違って、野外環境が重要な因子となるミツバチに関する研究は、実験室だけでなく、温室、畑、果樹園、市街地、公園、野原、平原、河川、池、森林、里山、奥山など、さまざまな環境における他の多様な野生生物との出会いの中で、観察され、人為的な操作がなされ、考察される必要がある。この意味では、ミツバチについてのバランスのとれた入門書や教科書は案外少ない。
    C.エレガンスやショウジョウバエについては、すでに発生と形態形成、解剖学、遺伝学、脳神経系、細胞内の分子経路網、ヒトの疾病モデルとしての有用性などについての詳細なデータが蓄積されている。だが、ミツバチ(セイヨウミツバチ)については、まだ、同じようなレベルでの詳細な分子生物学的な研究はなされていない。またミツバチを材料とする基礎生物学的な研究は、脳神経系研究のモデルと社会性昆虫のモデルというような限られた視点に立った研究が多い。しかし将来を見るならば、ミツバチの研究者に期待したいことは多い。
    その第1は、専門家以外の人々に、ミツバチについての最新の生物学を紹介することである。ここで言う「専門家以外の人々」には、養蜂の専門家、養蜂を行なっている農家、養蜂を趣味としている人々、アマチュア昆虫学者、理科の教師などが含まれている。養蜂はミツバチの知識なくしてうまくやれない。養蜂家には、研究熱心な人が多く、養蜂組合や養蜂家の会合のような、知識を交換する機会も多いようであるが、分子生物学が先導する現代生物学の進歩を取り入れることについては遅れ気味である。
    自然科学の中で、生物学の著しい特徴は、知識が日常の言葉と論理で記述できることである。この点が物理学などと大いに違うところである。現在、ミツバチを含む昆虫に関連した学会は、軒並み高齢化と会員の減少に悩んでいる。一方で、元気な高齢者の増加で、身近な野外観察や、その一部としての植物や花、昆虫や鳥などへの関心は高まっている。また、趣味の園芸や農業、里山への関心も高まっている。さらに、野外観察の手段としてのビデオや写真撮影、記録のコンピュータ管理、インターネットへの提供、顕微鏡や望遠鏡もアマチュアが容易に手にできるようになってきている。海外への旅行の機会も多くなっている。したがって用語や文章に注意すれば、専門家の研究成果を非専門家に伝え、役立ててもらえる可能性は増大している。
    第2は、日本の農業や、里山あるいは奥山の再生の視点からみた、ミツバチ学と養蜂技術に関する知識の整理である。温帯の山国である日本は、地中海沿岸、カリフォルニア、オーストラリア、アルゼンチン、中国、ウクライナのような大規模な養蜂には向かない。しかし海に囲まれ、離島、里山、奥山の多い日本の国土にあった養蜂あるいは、ミツバチとの共生は十分考えられる。この視点から興味がもたれるのは、ミツバチの在来種と呼ばれるニホンミツバチの利用である。養蜂の文化は、広く世界中で見られていたが、セイヨウミツバチを使う養蜂技術が世界を席巻したのは、ラングストロスの巣箱の発明のお陰である。そしてこの巣箱の成功の秘密は、可動(取り外し)式の巣板枠を適切な間隔で配置することにある。ところが、ニホンミツバチの場合は、まだ伝統的な飼い方から脱却した新しい飼い方への移行が十分進んでいるようには見えない。野菜づくりなどでは、すでに植物工場という技術革新が実用化されている事情に較べると、ミツバチの飼育技術の進歩は遅いように思われる。同じ技術革新を考えるとすれば、すでに定着しているセイヨウミツバチではなく、ニホンミツバチの利用を考えることも意義があるだろう。
    ニホンミツバチの利用を拡大することを模索すると、セイヨウミツバチとの共存に関わる問題を明らかにしておく必要がある。セイヨウミツバチはニホンミツバチの巣を襲って蜜を強奪していくが、一方で、ニホンミツバチはあまり被害を受けないミツバチヘギイタダニは、セイヨウミツバチには壊滅的な打撃を与える。これはほんの一例であるが、セイヨウミツバチとニホンミツバチの共存を探る研究は、これからもっと盛んになるだろう。
    第3に農薬の問題がある。ミツバチに対する農薬の被害は、ネオニコチノイドを例外とすればあまり顕著ではない。農薬汚染は、外来の農作物に対する不安を掻き立てる要因になっている。マスメディアもよく報道するが、国内での被害は余り表面にでてこない。このことは、養蜂家と農薬を使う農家とが同じか、隣同士というような関係にあることが多いため、被害を告発するような行為が遠慮され、自粛されていることが原因だと考えられる。
    最後に、温暖化あるいは他の影響が複合しての、地球環境の変化とミツバチの関係である。この点において(花をつける)植物と花粉交配媒介者 pollinator としてのミツバチとは、一蓮托生の関係にある。ミツバチに関心をもつことは、こうした環境問題を身近な例で考えるためのよい機会となるだろう。 結論として、ミツバチ研究の専門家が、上のような視点に立った平易な解説本を書いてくれれば、その意義は大きいであろう。

ニホンミツバチ

    最近、ニホンミツバチについての特色のある本がいくつか出版されている。藤原(00/10)は、ニホンミツバチの養蜂を復活させることを目的とした「日本在来種みつばちの会」を1989年に立ち上げて活動してきた知見をまとめたもので、ニホンミツバチを使った養蜂全体についてのバランスのとれた解説書である。現在、この会(http://www.nihon-bachi.org/)の会員は約1000人だという。 飯田(07)には、宮崎県の椎葉や日向をよく訪れているノンフィクション作家である著者により、ニホンミツバチの伝統的な飼い方である丸洞養蜂の実践者や、大スズメバチハンターたちが生き生きと描かれており、昔の農村の様子が彷彿される。 久志(09)は、長崎県にあって、ニホンミツバチを用いた養蜂に関心をもち、自ら実践しながら、五島列島の中通島(なかどおりしま)や宇久島(うくしま)、壱岐島(いきのしま)の復活に関わった記録を紹介している。離島での養蜂の可能性を示唆しているのは、3万もの島を有する日本の未来についての卓見と言えよう。 菅原(05)は、ニホンミツバチに出会って魅了され、アマチュアの立場から限りなくプロに近づいた研究者が書いた本である。アカデミックな記述で、もう少し枚数を増やせば、中学や高校の理科の副読本となると思われる。

趣味としての養蜂

    これまで、養蜂と言えば田舎で行なうものというイメージがあった。しかしパリのアパートでミツバチが飼われていることや、終戦後、皇居の花を見て、それを餌とする養蜂を思い立った話や、銀座でミツバチを飼うというような試みが話題になり、都会での養蜂や、「お洒落な蜂蜜」というイメージが生まれてきた。また、多彩なハチミツを味わおうという人たちも増えてきている。このような新しい潮流を捉えて、農家でない、都市や住宅地でもミツバチが飼えるという視点での、ミツバチを飼う方法と、その産物であるハチミツを楽しもうという本が出版された。これが和田(08)である。そこには専門家である玉川大学の中村純の解説もつけられていて、コンパクトではあるが、実践的な知識が提供されている。これまで養蜂などとは無縁と思われてきた都会や住宅地の住人が養蜂に興味をもつ切っ掛けになり、ハチミツについての知識を深める本になっている。

教材としてのミツバチ

    ミツバチは、中学あるいは高校の理科教育のよい材料になると思われる。そのためには、発生と形態形成、解剖学、遺伝、脳神経系など、ミツバチの生物学的な知識を基礎に、蜜源となる植物の種類、花の構造、巣の構造、フェロモン、採餌行動などについての解説や、野外での観察方法を教えるための教材が必要である。
    学童の野外観察も課題として興味深い。これについては、最近、ミツバチを特集した「現代農業(2009年7月号)」の中の「農耕的な自然が子供の感性を育む」(52-57頁)と題する小論が参考になる。そこでは、最近復刊された、昔の文部省の教科書の視点が重要だと指摘されている。
    現在の教育では、こうしたまさにゆとりのある授業を実施することが難しくなっている。ミツバチの観察では、学校の花壇などで訪花の昆虫を観察したり、写真撮影したり、それらを同定することなどから始め、キンリョウヘンのような誘引物質を使ったミツバチの誘導実験、捕獲と寄生生物の有無の検査など、さまざまな観察と実験が考えられる。
    近くの農家の協力が得られれば、さらに有意義な観察や実験も可能であろう。また、野外におけるハチの巣の探索や、ミツバチだけでなく、ハチへの警戒や、スズメバチの襲撃に対する対処法などを学ぶことも意義があろう。
    また、ミツバチの産物であるハチミツや蜜蝋についての知識や、それらを使った簡単な化学的な実験も考えられる。さらに、もし、学校に巣箱を設置して、ミツバチが集めてきた花粉、花蜜、水などを分析できれば、周辺の大気や植物の状況をモニターすることにもなる。ミツバチを教材とすることの利点は、低学年から高学年まで、学力と興味に応じていろいろな課題が提供できることである。

アリゾナ大学編「アフリカ化されたミツバチ」

    米国は養蜂が盛んな国である。もともとアメリカ大陸にはセイヨウミツバチがいなかったが、侵略者としてのスペイン人が持ち込んだセイヨウミツバチの一部は、野生化した。さらに1950年代には、セイヨウミツバチのアフリカ亜種がブラジルに持ち込まれたが、このハチが既に移入されていたセイヨウミツバチと交配し、キラービー(殺人蜂)と呼ばれるほど荒い気性の雑種を生んだ。これがアフリカ化されたミツバチである。このハチはしだいに北米に広がり、アリゾナ州でも見られるようになった。そこで、アリゾナ大学が、ミツバチとハチミツについて、一般的な興味を持たせながら、凶暴なハチから身を守る知識を身に付けさせるという目的で作成した教材が、このサイトである。対象は、小学校3年生から始まり、高校3年までという、幅広い学年を対象にしている。その内容は我が国での教材としても参考になる。

養蜂による途上国の開発支援

    日本でも伝統的な養蜂が行われていたように、民族の伝統技術としての養蜂は、先進国だけでなく、途上国においても行われている。そうした養蜂では、その地域に生息している野性のミツバチを人為的な巣に誘い込む方法が広く行われている。その他にも、中南米のようにミツバチとは種を異にするハリナシバチを飼育している例や、東アジアのいくつかの地域のように、野生のミツバチの巣を収奪してくる、養蜂とは言えない蜂の利用法も行われている。そのような方法でのミツバチ産品の収集は、効率が悪く、経済的な価値も低い。
    そこで現代的な養蜂技術を途上国に移管することによって、地域住民の生活の向上に結びつけようとする活動も行われている。その一つの例は、英国を拠点とする Bees for Development Trust という財団の支援を受けている組織である(Bees for Development)。この組織は、アフリカの貧困国を対象として、持続可能な経済的自立支援を目的としたものであり、そのサイトには、この事業を推進するための基盤知識が丁寧にまとめられている。
    我が国でも、そのような活動への関心を示すような、公的援事業の事例があるが、継続される活動になっているようには見えない(社団法人国際農林水産協働協会09)。農業を基盤とした途上国支援策としては、コーヒー豆のような適正価格での買い付け支援、ミクロ銀行(小額の融資制度)、指導者の派遣や研修生の受け入れのような人的交流支援などがあるが、人的交流を伴わない支援は、顔が見えない、ということになりやすい。
    もともと我が国では養蜂のための蜜源植物が足りないことを考えれば、途上国への支援、あるいは途上国の自立支援と共生(Partnership の構築)への道が探られるべきであろう。このような視点からすれば、農業高校や大学などでの、ミツバチを教材とする教育は、価値のある課題ではないか。

参考文献

  • 日本学術会議応用昆虫学分科会 第1回公開シンポジウム、「昆虫科学が拓く世界―研究者の再結集を目指してー」、2008年5月16日、学術会議講堂
  • 藤原誠太/著 村上正/著(/編)、新特産シリーズ 日本ミツバチ 在来種養蜂の実際、農山漁村文化協会、2000.
  • 飯田辰彦、輝けるミクロの「野生」 日向のニホンミツバチ養蜂録、鉱脈社、2007.
  • 久志富士男、ニホンミツバチが日本の農業を救う、高文研、2009.
  • 菅原道夫、ミツバチ学 ニホンミツバチの研究を通し科学することの楽しさを伝える、東海大学、2005.
  • 佐々木正己、ニホンミツバチ-北限のApis cerana、海游舎、1999.
  • 吉田忠晴、ニホンミツバチの飼育法と生態、玉川大学出版部、2000.
  • 吉田忠晴、ニホンミツバチの社会をさぐる、玉川大学出版部、2005.
  • 和田依子、庭で飼うはじめてのみつばち ホビー養蜂入門、山と渓谷社、2008.
  • 日置光久他(編集・解説)、復刊 自然の観察(昭和16年文部省著作・刊行)、農文協、2009.
  • 菅原道夫のホームページ:ニホンミツバチ  (http://homepage3.nifty.com/jhb/)
  • 松本市旧奈川村のウェブページ  (http://user.cnet.ne.jp/h/harusan515/11.htm)
  • Africanized Honey Bee Education Project, Africanized Honey Bees on the Move, The University of Arizona(http://ag.arizona.edu/pubs/insects/ahb/)
  • Bees for Development  (http://www.beesfordevelopment.org/)
  • 社団法人国際農林水産協働協会、開発途上国での養蜂振興と実務ーアフリカを事例としてー(調査研究叢書No.26)、2009. (http://www.jaicaf.or.jp/publications/bee.pdf)

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