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Ⅳ. 新しい医学とミツバチ健康科学
   —4.医学と健康科学の境界領域—

健康への意識革命

    我が国では、第2次大戦後からの半世紀の間に、国民の平均寿命(余命)が30年も伸びた。現在は、女性が83歳、男性が80歳ほどであり、世界の最長寿国となった。この間に国民皆保険制度も整えられた。国民が医療機関に頼る度合いも飛躍的に増大した。昔なら家庭で対処していた怪我や病気でも、今では病院にいくのが当たり前になっている。しかし、この傾向は政府の医療費負担を増大させ、大きな政治問題になっている。この問題は、日本だけでなく、経済的な先進国に共通している。
    その一つの解決策が、国民の健康や医療費問題への認識を高め、自ら対処する知識と見識をもたせることで、公的な支出の無駄を削減し、国民の活動度を高めようという動きである。つまり国は、国民の医療費を補助するだけでなく、国民が病気にならないよう、体を自己管理することを支援する啓蒙活動を重視するようになってきた。厚生労働省の健康日本21(http://www.kenkounippon21.gr.jp/)は、そのような支援政策 action plans の例である。また、直接国民への働きかけではないが、同じく厚生労働省は2008年、生活習慣病対策として、医療保健者に対して、被保険者や被扶養者の「内臓脂肪型肥満(メタボリックシンドローム)に着目した健診及び保健指導の事業実施を義務づける」、「特定健診の実施と健診後の保健指導を義務づける」制度を発足させた。
    このような動きと表裏の関係にあるのが、病気の改善策や予防を、昔のように個人や家庭で実行しようという、いわゆるセルフメディケーション self-medication への関心の高まりである。国も国民が自ら行動することを支援する政策を、積極的に打ち出している。健康のために自ら行動するための民間の活動も活発になっており、セルフメディケーション推進協議会(SMAC)、http://www.self-medication.ne.jp/smac/02/)のようなNPOも組織されている。
    個々の国民が自分の知識と実践力を高めて、健康や病気の問題に対処するためには、行動の規範となる、万人が頼れる知識が存在し、それを誰もが活用できることが前提となる。例えば、薬の場合であれば、その使い方や効能、副作用などに関しての情報は、個々に詳細に記述された文書が用意されている。また、それらの情報に適合しない事態が生じたら、適宜内容を訂正する仕組みが整えられている。そのすべてが正しいわけではないとしても、少なくとも、間違いがあれば訂正していく仕組みは存在している。
    これに対して個人による健康や予防への取り組みは、自分で使える薬だけでなく、生活様式(Life Style、あるいは生活習慣)、食事、サプリメント、運動、その他、さまざまな手段を駆使することになる。遺伝的な特性や環境や状況が異なる個人の多様な取り組みとなると、適切な対応を選択する根拠を予め用意しておくことは難しく、不可能に近い。また、個々の対処法にたいして、その有効性や危険性を保障する仕組みをつくることも難しい。このことは、検証すべき組み合わせの数を考えたら自明のことであろう。
    科学に立脚していると考えられている現代医学でさえ、「根拠に基づく evidence-based 対処法」が重視されるようになってきたのは、比較的最近のことである。その証拠の一つは、それを実行するのに必要な(医学)統計学の専門家が少なく、その養成がやっと話題になってきたことだ。また医学部の疫学教室も、実際には実験医学が中心になっており、ヒトの集団を調査する、本来の疫学的な方法の専門家は少なくなってしまっている。健康の維持や予防に関わる健康科学における「根拠に基づく方法 evidence-based approach」は、医学以上に判断の難しい側面がある。
    一方で、情報化時代と言われる現代は、情報の増幅や伝達の手段は豊富に揃っており、面白そうな情報は真偽に関わらず、あっという間に伝播しやすい。マスメディアにおける情報が必ずしも良質な情報ではないように、広く流布されている健康や疾患対策が、必ずしも良質な対策とは限らない。

見直される伝統な生活の知恵

    現在、先進国では国民が、自ら健康維持や病気の予防や症状の改善に積極的な役割を果たすことを支援するために役立つような情報を提供するようになっている。インターネットの普及は、この傾向に拍車を掛けている。そうした情報は、国の医学系の研究機関や大学などで提供されている。また、国際的にはWHOなども、そうした情報を提供している。ただ、それらはどうしても、多くの研究者や専門家が合意するような、万人に通ずるような、普遍性のあるものにならざるをえず、個々の立場からは、物足りない表現になることが少なくない。こうした状況で見直されているのが、昔からの生活の伝統や知恵である。
    例えば、マイケル・ポラン M. Pollan は、我々にとって身近な食べ物について、昔の知恵を見直すべきだと提唱している(Pollan07/08/09)。彼は、現代のアメリカ人の食べ物を分析して、それが極めて少数の素材の加工品に依存していることを指摘し、年寄りの知恵を尊重し、できるだけ昔風の食事の価値を見直し、加工品でない多様な食材、とくに野菜や果物を多く摂るようにすべきだと言っている。彼の分析によれば、現代科学はまだ、食事の科学を論じられるほど十分発達していない、ということになる。
    我が国でも、「早寝早起き」、「腹八分目」、「よく噛め」、「頭寒足熱」、「臍下丹田」、「心身一如」、・・・など、健康的な生活に関しては、昔からの生活の知恵がいろいろ知られている。また、ポランが述べているような昔からの食習慣の知恵とも呼ぶべき話としては、近藤正二氏の聞き書きが参考になる。同氏は、東北大学医学部衛生教室にいた昭和10年頃から日本各地を訪ね、聞き取りによる食の効能調査を行い、それを本として残した(近藤82)。そこには、米どころの、白米だけで食事が成り立つほど米がおいしい地域は短命の傾向にあり、米がそれほど食されず、野菜、大豆、海藻類を多く食す地域は長寿であることが示されている。
    近藤博士が日本の中を調査されたように、長寿の秘密を探るために世界を調査されたのが、家森幸男博士である。同博士は、世界25カ国61地域の住民16,000人の血液と尿を採取して分析した調査に基づき、健康長寿には、食塩摂取を抑える、多様な食材を摂る、腹八分目とする、食を楽しむ、などが大切だと提唱している。これらの調査はWHOへの強力として行われており、そこで収集されたデータは、WHOにより支援された Cardiac Study の一部として発表されている(家森03/07)。
    我が国では、沖縄県が健康長寿として知られている。伝統的な沖縄では、あまり漬物を食べる習慣がなく、カルシウムの含有度が高い水を飲み、粗食で、芋や豆腐や昆布、鰹節をよく食べ、よく体を動かして働き、夜は集まって三味線を伴奏に歌う、という生活様式があった。そのためか、最近までは男女とも都道府県としては最長寿の県であった。この生活様式を、Okinawa Program として紹介した Willcoxらの本は、米国で大きな話題となった(Willcox02)。同じような伝統的な食事への関心は、フランスのワインの効能 French paradox、魚や果物やオリーブに富んだ地中海食 Mediterranean diet、食事を楽しむイタリア式の文化 Slow Food に対しても寄せられている。French paradox は、脂肪の摂取量が多いフランス(スイス、ベルギー)人に動脈硬化や脳梗塞が少ないのは、彼らが好んで飲む赤ワインに含まれるポリフェノールの効用だというセルジュ・レヌー Serge Renaud の説のことである(Simini00)。
    こうした伝統食、あるいは伝統的な生活様式は、昔からの生活の知恵とも呼ぶべき伝承知識である。また、そうした生活者を訪問しての調査報告の多くは、伝承にとどまっているが、その後の研究を経て、科学的な知見にまで高められているものもある。
    興味深いことは、ゲノム解読以後の生物医学の急速な進歩が、こうした伝統的な生活の知恵にも科学の光を当て始めたことである。同じく、いわゆる東洋医学と西洋医学の溝も、すでに埋まってきたと言ってよい状況にある。少なくとも両者が同じ土俵で対話できる機は熟してきたと思われる。次に、そうした研究をいくつか領域ごとに紹介する。

参考文献

  • M. Pollan, The Omnivore's Dilemma: A Natural History of Four Meals, Penguin Books, 2007.
  • M. Pollan, In Defense of Food,. Penguin Books, 2008.
  • M. Pollan, An Eater's Manual, Penguin Books, 2009.
  • 近藤正二、日本の長寿村・短命村、サンロード、1982.
  • 家森 幸男、ついに突きとめた究極の長寿食―付・簡単に作れる長寿食レシピ、洋泉社、2003.
  • 家森 幸男、110歳まで生きられる!脳と心で楽しむ食生活、NHK出版、2007.
  • The Okinawa Program, Bradley J. Willcox, M.D., D. Craig Willcox, Ph.D., and Makoto Suzuki, M.D. Three Rivers Press(Reprint), 2002.(吉岡晶子訳、オキナワ式食生活革命、飛鳥新社、2004)
  • B. Simini, Serge Renaud: from French paradox to Cretan miracle. The Lancet, Volume 355, Issue 9197: 48 - 48 B, 2000.

食事の科学

    食べることは、人間が生きていくための必須の行為である。ヒトは空気と水と若干の塩やミネラルと共に、他の生物あるいはその部分を素材としたものを摂取する。だから食べ物とは、基本的に生物を構成する巨大分子群、核酸、タンパク質、炭水化物、脂質の集合体であるが、それらは咀嚼者の消化器系で、さらに小さな単位の分子に分解される。これが同化作用 catabolism である。それによって生成されたグルコースなどを使って、ATPがミトコンドリアで合成される。そのATPは、「経済における通貨」のように、さまざまな場所に運ばれて、生体反応促進の主要なエネルギーとして使われる。そうした生化学反応の一つが、生体内で分解された素材分子から、その個体の構成要素となる巨大分子である核酸、タンパク質、炭水化物、脂質などを合成する異化作用 anabolism である。
    従来の食の科学の中心課題は、外から取り込む物質(食物)の成分的なバランスであった。それは常に、「しかじかの成分は十分か?」という視点で論じられてきた。すなわち、生体が必要とするエネルギー物質であるATPを生産するのに十分かというのが、カロリー計算の根拠である。また、「脚気などを起こさないか?」というように、少量であっても必須の物質が供給されうるかが、ビタミンへの配慮である。だから、食の科学の中核の課題は栄養 nutrition だった(Bowman06)。こうした経験を踏まえ、国も食品の成分に関しては定期的な調査を行っている。これが食品成分表であり、現在は五訂増補になっている(新食品成分表編集委員会09)。
    しかし飽食の時代と言われる今、食品企業などが関心をもっているのは、食品のもつ機能性 functionality である。食品の機能性とは、従来の栄養学の中では見落とされていた、食品の健康への機能的な効用である。その一つの例は、微量な植物成分 phytochemical の効用であり、典型例はヒトの(女性)ホルモン、エストロゲン estrogen と似た効果を示す、イソフラボン isoflavon である(Eastwood 01, Yahia09)。米国では、健康に関心をもっている人が頼るのは、医師の意見だと言われている。そうした医師として人気のある A.ワイルは、これまで栄養学者は微量な植物成分に注意を払ってこなかった、と言っている(Weil00)。生活習慣病の出発点となるメタボリック症候群との関係で注目されている脂質(油)も、カロリー源としてだけでなく、生体内の信号分子としての役割の重要さが論じられるようになっている。
    結局、豊かになった先進国では、食の量よりは質を重視するようになっている。そこでこれまでのビタミンやミネラルに加えて、繊維、体の防衛機能を高める植物成分、微量栄養素 micronutrients の重要性や油(不飽和脂肪酸)の質を問題にするようになってきた。なお、機能性食品という言葉は、我が国で生まれた。我が国の特定保健食品(特保)は機能性食品 functional foods の概念にもとづいて設定された制度(http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/hokenkinou/hyouziseido-1.html)である。
    こうした動きに呼応するように、ヒトゲノム解読計画の完了が宣言された頃から、従来の栄養学をゲノム研究とそれに随伴する技術(Omics)によって一新しようという気運が生まれてきた。こうした期待は Nutrigenomics という言葉が使われるようになってきたことに象徴されている (German03, Kaput04)。
    このような状況下で開けているのが、メタボリック症候群と核内受容体に関する研究領域である。もともと核内受容体とメタボリック症候群は、生体外から取り込んだ物質代謝に関っているため、食物の科学とは関係が深い。微量な植物成分が作用すると考えられているエストロゲンは内分泌ホルモンであり、それが作用する受容体であるエストロゲン受容体 estrogen receptor (ER) は、核内受容体である。健康食品として注目されているポリフェノール、イソフラボンなどは、このような内分泌ホルモン作用がある。 また、同じ核内受容体に属するPPAR、LXR、FXRなどは、cholesterol や胆汁酸 bile acid、遊離脂肪酸など、各種の脂肪や脂質分子の取り込み、蓄積、分解、燃焼、輸送、排出に関与していることが分かってきた。こうした発見は、医学と食物科学との間に分子レベルの知識の橋を掛けたことになった。これによって昔から言われていた「医食同源」への科学的な取り組みへの道が開かれてきた。 例えばウムらは、過食がどのように insulin 抵抗性を招くかということを分子レベルで解明し、肥満から糖尿病に到る危険性に分子的な根拠を与えた(Um04)。もともと有効な治療薬がなかった肥満や糖尿病には、食事や運動など生活スタイル(生活習慣)の改善が唯一の対処法であった。ゆえに医学と栄養学との出会いが、核内受容体とメタボリック症候群で起きたのは極めて自然の成り行きであったとも言える。例えば論議の多い油の効用に関しては、魚に含まれる不飽和脂肪酸(ω-3)と肉に含まれる不飽和脂肪酸(ω-6)や飽和脂肪酸との違いを、核内受容体への結合の違いから説明する研究も行われている。このように健康によいと言われる、いわゆる自然食の効用も Nutrigenomics でしらべられるようになってきた。

図4-21.Mutchらによる、不飽和脂肪酸の生体作用のオミックス分析(Mutch05)

    医食同源研究には、食事と薬の相互作用を解明するという、もうひとつ重要な課題もある。ある種の慢性疾患の治療薬使用で、重要な栄養素である葉酸値が低くなるという疑いや、グレープフルーツジュースがCYPの活性を通じて多くの医薬品の効き方に影響を及ぼすことは、医薬品情報関係者の間ではよく知られている。またサプリメントとして人気のある St. John's wort(西洋オトギリソウ)に含まれる成分 hyperforin は、PXRに結合するためにCYP3A4の活性を介して、薬物相互作用を起こす(Moore00)。これらはほんの一例に過ぎない。薬物代謝酵素や transportor の多くが、核内受容体の標的遺伝子産物であるから、これらの関係が網羅的にしらべられるようになれば、薬の副作用の解析だけではなく、食事と医薬品投与とを統合した解析が可能になり、医食同源の治療や対策 intervention が可能になっていくだろう。
    昔から知られており、サプリメントとしても人気のあるアミノ酸についても、ゲノム医学的な(ポストゲノム)研究が行われるようになってきた(Wang09)。アミノ酸はタンパク質の素材であるから、その一義的な役割は、生体組成としてのそれであると考えられていた。ところが最近は、細胞内の代謝を調節する役割が注目されるようになってきたのだ。また各種の免疫細胞を活性化したり、酸化還元反応や遺伝子発現を制御したり、抗体やサイトカインの産生に関わったり、という免疫機能との関係が発見されてきた(Li07)。さらに、アミノ酸は腸におけるタンパク質生成などにも関わっていることがわかり、特定のアミノ酸が腸に関係した疾患を改善する可能性も示唆されている。
    食品の有用性という視点から、注目されているのは腸内細菌である。「人間は100%人間として生まれるが、10%人間として死ぬ」、という言葉があるように、腸内細菌の数は、人間の総細胞数(約60兆)を上回るほど(約100兆)あると推定されている。腸内細菌にはさまざまな種類があるため、その集合を叢 flora と呼んでいる。腸内細菌叢が人間の健康や病気と関係していることは、よく知られており、腸内細菌叢の同定 profiling 技術の開発や、よい菌(例えばビフィズス菌)の増殖法、腸細菌叢と食べ物(例えばヨーグルト)との関係などが研究されている(光岡90/91、辨野08)。
    これまで腸内細菌の分析は、便を培養する方法で行われていたが、ゲノム解読技術が進歩した現在では、高速のゲノム解読機装置(次世代シーケンサー)を駆使して、試料に含まれる細菌の全ゲノムをしらべるメタゲノム meta-genome の方法が注目されている。このような手法で、ある個人の腸内細菌叢のDNAがしらべられれば、そのデータを健康状態のプロファイルの一部に使うことが可能になり、健康状態の診断や食品などの有用性の判断指標にも使えるだろうと期待されている(Gordon05, Gill06)。
    最近中国のゲノム研究センターで、ヒト腸内細菌叢に関する大規模な解析が行われた。この研究では、124名の欧州人から集めた便検体に含まれる微生物のDNA, 約600ギガ塩基配列を、次世代シーケンサーで解析し、重複のない遺伝子330万個を同定し、これらが約1,000種類の細菌に由来するもので、個人個人では、その中の160種の細菌をもっていると結論している(Qin59)。このような大規模研究は、今後、さまざまなヒトの集団を対象に行われることだろう。

参考文献

  • Barbara A. Bowman, Robert M. Russell, Present Knowledge in Nutrition (9th ed.), II, Int. Life Science Inst., 2006.(木村修一、小林修平 翻訳監修、最新栄養学(第9版)、建帛社、2008)
  • 新食品成分表編集委員会、新食品成分表、東京法令、2009.
  • この内容は、食品成分表・データベース(日本)からの抜粋。 (http://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/theme-honbun-400103.php)
  • M.A. Eastwood, A molecular biological basis for the nutritional and pharmacological benefits of dietary plants, Q J Med94: 45-48, 2001.
  • E. M. Yahia, “The Contribution of Fruit and Vegetable Consumption to Human Health” in Fruit and Vegetable Phytochemicals: Chemistry, Nutritional Value and Stability, Wiley-Blackwell, 2010.
  • A. Weil, Eating Well for Optimum Health, 2000.
  • J. B. German et al., Personal Metabolomics as a Next Generation Nutritional Assessment, J. Nutr. 133:4260-4266, 2003.
  • Jim Kaput and Raymond L. Rodriguez, Nutritional genomics: the next frontier in the postgenomic era, Physiol. Genomics 16: 166-177, 2004.
  • S.H. Um, et al., Absence of S6K1 protects against age- and diet-induced obesity while enhancing insulin sensitivity, Nature , 431: 200 – 205, 2004.
  • D. Mutch et al., Nutrigenomics and nutrigenetics: the emerging faces of nutrition, FASEB. 19: 1602-1616, 2005.
  • Linda B. Moore et al., St. John's wort induces hepatic drug metabolism through activation of the pregnane X receptor, Proc Natl Acad Sc 97: 7500-7502., 2000.
  • J. Wang, G. Wu, H. Zhou and F. Wang, Emerging technologies for amino acid nutrition research in the post-genome era, Amino Acids, 37(1), 177-86, 2009.
  • P. Li, Y. L. Yin, D. Li, S. W. Kim and G. Wu, Amino acids and immune function, British Journal of Nutrition, 98, 237–252, 2007.
  • W. W. Wang, S.Y. Qiao and D .F. Li, Amino acids and gut function, Amino Acids, 37(1), 105-10, 2009.
  • 光岡知足(編著)、腸内細菌学、朝倉書店、1990.
  • 辨野義己、腸内環境学のすすめ、岩波書店、2008.
  • J. I. Gordon, et al., Extending Our View of Self: the Human Gut Microbiome Initiative (HGMI), 2005. (http://www.genome.gov/Pages/Research/Sequencing/ SeqProposals/HGMISeq.pdf)
  • S. R. Gill, et al., Metagenomic analysis of the human distal gut microbiome. Science, 312:1355–1359, 2006.
  • J. Qin et al, A human gut microbial gene catalogue established by metagenomic sequencing, Nature, 464:59-65, 2010.

運動の科学

    運動に関しては、体力測定やスポーツ選手の運動機能訓練などとの関係で、生理学的な研究が行われてきた。この流れの中で一世を風靡したのは、米国空軍の医師であったクーパー Kenneth H. Cooper によって、提唱されたエアロビクス aerobics である。この方法論の核心は、「12分間で走れる距離と最大酸素消費率 maximum oxygen consumption が相関する」という理論にある。彼がその理論を発見する切っ掛けになったのは、飛べなくなった空軍のパイロットを復帰させるプログラムに関わったことだった。彼は、この理論に基づいて、ランニング(ジョギング)やウォーキング、水泳、テニス、サイクリングなど、さまざまな運動によって体力を維持する具体的なプログラムを設定した(Cooper68/70)。この考えは広く受け入れられたが、その後のエアロビクスの主流はダンスになってしまった。
    ゲノム解読とそれに随伴するオミックスなどの技術が台頭してきた2000年以後は、運動の研究にもゲノムやオミックス技術が影響を及ぼすようになってきている。例えば、運動によって脳から分泌されたアドレナリンなどが、副腎を介して脂肪を分解するリパーゼ lipase を働かせ、脂肪減少をもたらすように働くことはすでによく知られているが、このような運動の効果を遺伝子発現量の変化でしらべようという研究も盛んになってきている。さらに、運動を含めた生活習慣の改善度合いを遺伝子の働きのレベルで計量することも現実的になってきた。
    例えば、ヘックらの研究によれば、運動によって発現量が変化する遺伝子とは、FAT/CD36、CPT-10、PPARγ、AMPK、SREBP-1、ACC2、LPL、ADRB2、UCP3、HKII、PDH、GLUT-4などである(Heck04, Table 1)。
    このような研究は、ほんの一例である。現在、体力測定や、運動やスポーツの効用評価で、ゲノム医学的な研究が増えてきている(Handschin08)。

参考文献

  • Kenneth H. Cooper, aerobics, Bantam Books, 1968.
  • Kenneth H. Cooper, the new aerobics, Bantam Books, 1970.
  • Amy L. Heck, et al., Gene–Nutrition Interaction in Human Performance and Exercise Response, Nutrition 20:598–602, 2004.
  • Christoph Handschin & Bruce M. Spiegelman, The role of exercise and PGC1 in inflammation and chronic disease, Nature 454: 463-469, 2008.

睡眠

    良質の睡眠が健康的な生活に欠かせないことは、ほとんど自明のことである。小児神経学を専門とする瀬川昌也医師は、長年の臨床経験より、幼児の夜更かしは、脳の正常な発達を阻害するから、子供の健全な成長には、「早寝早起き朝ごはん」が大切だと説いている(瀬川02)。中学生から大学生でも、「朝食をきちんと食べるような生活をしているか否か」が、青少年の心身の健全な発達に深く関係していることがわかってきた(香川靖雄07/09)。同様のことは、働き盛りの成人についても言われている。
    現代の働き盛りの成人は、絶え間ないストレスにさらされている。そうした働きざかりの人を襲ううつ病では、睡眠障害が主症状のひとつになっている。また、加齢に伴い、早朝覚醒のような睡眠障害が起きることもよく知られている。うつ病の改善あるいは予防には、朝の運動、それもリズムのある運動をすることが効果があるともよく言われている(高田秀穂)。このように、人のライフステージごとに、睡眠は健康状態に深く関係している。
    最近、メタボリック症候群の研究で、睡眠障害によって肥満になる可能性が指摘された。一方、最近擬日リズム circadian rhythm 遺伝子がいくつか同定されたが、その中に核内受容体(Rev-erb)が含まれていた。
    メタボリック症候群は核内受容体と深い関係にあるので、このことは肥満と睡眠障害の関連を示唆するものである。実際、産総研の大石勝隆らは、活動の時間帯が後にずれた夜更かし朝寝坊型のモデルマウスに、高脂血症治療薬のフィブレートを投与して、活動時間帯の正常化を回復させることに成功したと報告している(Shirai07)。この回復機構には、フィブレートが特異的に結合する核内受容体PPARαが関与していると推察されている。 これは一例であるが、代謝性疾患と擬日リズムの関係が認識されている。それを健康維持や治療に役立てようという研究も増えてきている(Liu07, 香川靖雄07/09, Imai10)。
    ここにおいて食事や運動と並んで、睡眠が健康対策の一つの柱として注目されるようになってきた。これに呼応するように、すでに各種の「快眠グッズ」の開発や販売が盛んになっているが、睡眠障害治療の決め手になるような薬、サプリメント、飲料、器具の開発には、まだ大きな可能性が残されているだろう。

参考文献

  • 瀬川昌也、人の情緒精神活動の発達と高次脳機能. 科学、302-308、2002.
  • 香川靖雄、科学が証明する 新・朝食の進め、女子栄養大学出版部、2007.
  • 香川靖雄他、時間栄養学―時計遺伝子と食事のリズム、女子栄養大学出版部、2009.
  • 高田秀穂、リズム運動はセロトニン神経を元気にする (http://www.hayaoki.jp/gakumon/gakumon_arita.cfm)
  • Hidenori Shirai et al., PPARα is a potential therapeutic target of drugs to treat circadian rhythm sleep disorders, Biochemical and Biophysical Research Communications, 357(3): 679-682, 2007.
  • C. Liu et al., Transcriptional coactivator PGC-1 integrates the mammalian clock and energy metabolism、Nature, 447: 477-481, 2007.
  • Shin-ichiro Imai, “Clocks” in the NAD World: NAD as a metabolic oscillator for the regulation of metabolism and aging Biochimica et Biophysica Acta (BBA) - Proteins & Proteomics (in press).

リラクゼーションと呼吸法

    心身へのストレスは、万病のもとだということは、誰もが体験的していよう。だから、リラクゼーション Relaxation がその軽減に有効だと考えられている。リラクゼーションは、文字通り緊張を緩める技法であり、自律訓練法 autogenic training、あるいは自己催眠 self-hypnosisと呼ばれる方法が広く知られている。この方法では、姿勢の維持や体の特定の箇所に意識を向けることや、呼吸の仕方が重要な要素になっている。こうした方法は精神神経症の治療にも応用されているが、健康法とも言える(平井富雄79/87, 佐々木雄二08)。呼吸法は簡単なようで難しく、それ自身が一つの神経系の自己制御技術になっている。座禅でも、姿勢や呼吸法が基礎になっている。
    我が国では、過度の座禅修行で神経症になった禅僧(白隠)が、自らを癒すために考案した内観法が知られているが、これも本質的には、自己暗示法である。ハーブ(薬草)Herb を使うアロマテラピー aromatherapy やロウソクなども、リラクゼーションや神経集中の道具に使われ、「癒し効果」もあるとされている。
    現在では、リラクゼーションや癒しの効果や睡眠の状態を、脳波や脳磁計(MEG)、fNMR(Functional NMR、機能的核磁気共鳴装置)によってある程度客観的に計測できるようになってきたが、運動のように、随意筋を使って制御できることではないので、簡単に学習できないところがある。また、このような方法は、やり方によっては、錯覚や幻覚が生ずることもあり、洗脳や犯罪の手段ともなりかねない危険性をも秘めている。しかし脳の計測技術は急速に進歩しているので、さらに精密な計測に基づいた信頼のおける科学的な研究が増えてくることが期待される。

参考文献

  • 平井富雄、瞑想と人間学のすすめ―精神科医の解く『坐禅用心記』、日貿出版、1979.
  • 平井富雄、自己催眠術―劣等感からの解放・6つの方法、光文社、1987.
  • 佐々木雄二、自律訓練法 新装版―1日10分でリラックスできる、ごま書房、2008.

若さ、美容、抗加齢

    先進国の人々は、純粋の薬や医療に使うのと同じか、より多くの金を、若さ、健康、美容、抗加齢対策やサービスに費やしている。ただし、厳しい規制のある医薬品や医療と違って、根拠に基づく evidence-based 効能を提示する義務が厳しくは課せられてはいない後者の分野では、科学的な研究の裏づけに乏しい商品やサービスが、宣伝力だけを頼りに販売されている、という事例も少なくない。米国のFDAは、消費者がこうした商品やサービスに手を出して金を無駄にすることを防ぐ情報の提供を行うと宣言している(http://www.fda.gov/ForConsumers/default.htm)。
    こうした商品やサービスの中でも人気が高いのは、抗加齢 anti-aging を謳うものである。加齢に伴う大きなさまざまな変化は性ホルモンの減少との関係が深い。また、核内受容体と共役因子 coregulator を介した脂質代謝制御が寿命に関係していることが、さまざまなモデル動物を使った実験で証明されるようになり、この分野にも急速に分子生物学的な研究が広がってきている。とくに、内分泌系と代謝系に関係している核内受容体とメタボリック症候群の研究は、若さや anti-aging、健康食、長寿研究とも深く関係していると認識されるようになった(Ludewig04)。例えば、若さを保つという大豆に含まれるフラボノイドや、肌の若返りに効果のあるというレチノイン酸入りのクリームなどは、核内受容体(ER、あるいはLXR)との関係で、作用機序が解明されつつある(Chang08)。このように、食事や運動の科学とともに、この分野もやがて生物医学の新しい研究前線 frontier になっていくだろうと予想される。

参考文献

  • A. H. Ludewig et al., A novel nuclear receptor/coregulator complex controls C. elegans lipid metabolism, larval development, and aging, GENES & DEVELOPMENT 18:2120–2133, 2004.
  • Ken C. N. Chang et al., Liver X Receptor Is a Therapeutic Target for Photoaging and Chronological Skin Aging Molecular Endocrinology 22 (11): 2407-2419, 2008.

その他の健康法や訓練法

    食事 diet や運動 exercise、睡眠以外に、健康や病気の治療や病状の軽減に関わる方法は、いろいろある。その中には、鍼灸、マッサージのような施行者の資格が公的に認められているものもあるが、それらが定かでない方法もある。食品と関係が深いのが、サプリメント(健康食品)や機能性のある水や飲料であるが、この他にも、断食、特定の食事療法、先に述べた自律訓練法(瞑想法)、座禅、ヨガ、気功など、実に多様である。実際には、これらのうちの複数の方法が組み合わせられることが多い。例えば、ヨガのポーズや太極拳やストレッチ(体操)では、動と静、緊張とくつろぎが組み合わされている。そこでは、筋肉の動きに偏ったスポーツのような運動とは異なる、精神の集中と緩和が重視される。人によっては修行とも呼ぶ、こうした方法に習熟していくには時間がかかることになるから、師弟関係や、信ずるか否かという、心理的な拘束要素も入ってくる。この他にも、音楽療法、絵画療法のような芸術療法や、何らかの作業を行う療法もある。
    こうした方法の効果を、医学でいう、いわゆる客観的な根拠 evidence-based で実証することは、極めて難しいことになる。しかしこれらの方法も、脳を含む身体状態を計測する技術が着実に進歩していることを考えれば、やがて科学の光がもっと当てられるようになるだろう。

浮上するエピジェネティクスの重要性

    以上、ゲノム革命による生物医学の進歩が、健康科学の研究スタイルを大きく変貌させている事例を分野ごとに簡単に紹介してきた。ゲノムーオッミクスー経路網 Genome-Omics-Pathway/Network、GOP/N という新しい研究手法は、間違いなく健康科学でも基盤となっていくであろうと思われる。ただし、この領域においてもエピジェネティクス epigenetics への関心が高まっている。がんと経路網のところでも触れたように、がんは、ゲノム的なアプローチでも、十分解明できない複雑さを秘めていることが明らかにされてきた。
    そこでクローズアップされてきたのが、DNAのメチル化やヒストンのアセチル化などの化学修飾である。これらはDNA上の遺伝子と目される配列から、タンパク質が合成される過程に関与している。繰り返しになるが、エピジェネティクスは、「DNAの塩基配列の違いではないのに、個体の表現型 phenotype の違いをもたらす、(細胞の)世代を越えて敬称される heritable な形質 trait」と便宜的に定義されている。このような現象は、従来の遺伝学 genetics の概念では捉えられないことであった。
    エピジェネティクスは、遺伝子の発現を調節する仕組みの一部だと考えられているが、現象としては、DNAのメチル化 DNA methylation、ヒストンの化学修飾 histone modification、染色体構造変化 chromatin remodeling であり、それが関係する生命疾病現象としては、発生 development、慢性的な炎症 chronic inflammation、がん、加齢 aging などである。健康科学とくに食事(栄養、nutrition)の立場から、エピジェネティクスがどう関わるかについては、すでに多くの研究事例が報告されている(Choi09)。
    ミツバチの場合は、ローヤルゼリーが与えられることで女王バチが生まれるが、このような役割決定は、RNA干渉によっても可能なことが示された。このことについては、すでに述べた(Kucharski08)。ただし、食事という環境因子によって役割が決定されるというのは、ミツバチに見られる例外で、一般には遺伝的な因子が役割決定には支配的であると考えられている(Schwander10)。これは「氏か育ちか」という一般的な問題であるが、この育ちに関与している重要な因子がエピジェネティクスなのである。
    現代のゲノム学の重要な目標は、がん、糖尿病、高血圧、神経変性症、関節リウマチなど、いわゆるありふれた疾患 common disease の原因となる遺伝子を発見することである。その際使われるのが、遺伝的な性質を同じくする兄弟あるいは姉妹である。とくに(一卵性)双生児の場合は、遺伝的な性質が同じであると考えられ、こうした研究に有用な情報が得られると考えられている。しかしながら、そうした双子でも実際には、生涯にわたる健康と疾病の経歴は随分違うことが、経験的に知られている。この差はDNAの塩基配列という意味での遺伝的な要因ではないと考えられるから、それが何に由来するかは、健康を考える上でも重要である。
    最近、線虫を使った双子の違いについての興味深い実験例が報告された(Streit10, Raj10)。これは、DNA上に違いはあるが、個体の表現型には差が見られない線虫において、腸の形成を支配する遺伝子SKN-1に僅かな変異がある場合、それが何らの影響を与えない(正常と同じになる)場合と、違いをもたらす場合とが、まったく偶然 random に起きることを示した。彼らの仕事は、遺伝子に変異があっても、それが表現型の違いとしてあらわれるか否かは、偶然に左右されるという可能性を示した最初の実証例である。これはまた、遺伝的な要因は同じでも、健康か病気になるかなどには、環境(生活様式)が大きく影響する、ということを示唆するものとも考えられる。
    なお、彼らがしらべた遺伝子がSKN-1だということは、非常に興味深い。なぜなら、この遺伝子はヒトでは Nrf2 にあたるからである。ヒトの Nrf2 と同じくSKN-1も、酸化ストレス応答経路の中核となる調節遺伝子であり、いわゆる detox や aging にも関係している。三輪錠司らは、この系をもちいて食品の有用成分を検出する簡便なスクリーニング系を開発しているが、最近、この系でワサビ成分の効果を検出している(Hasegawa10)。

参考文献

  • R. Kucharski et al., Nutritional Control of Reproductive Status in Honeybees via DNA Methylation, Science 319: 1827-1830, 2008.
  • Tanja Schwander et al., Nature versus nurture in social insect caste differentiation, Trends in Ecology, in press, 2010.
  • Sang-Woon Choi, Simonetta Friso (eds.), Nutrients and Epigenetics, CRC Press, 2009.
  • A. Streit, R. J. Sormmer, Random expression goes binary, Nature, 463:891-892, 2010.
  • Arjun Raj et al., Variability in gene expression underlies incomplete penetrance, Nature, 463: 913-918. 2010.
  • K. Hasegawa et al., Allyl Isothiocyanate that Induces GST and UGT Expression Confers Oxidative Stress Resistance on C. elegans, as Demonstrated by Nematode Biosensor, PLoS ONE 5(2): e9267, 2010.

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