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Ⅳ. 新しい医学とミツバチ健康科学
   —5.根拠に基づく医療EBMの考え方—

根拠 Evidence の提示と機序 Mechanism の理解

    現在の医療は、一方で根拠に基づいた判断と行動をめざした、Evidence-Based Medicine をめざし、他方で分子生物学を基礎とした病気や治療の機序 mechanism の理解をめざしている。生命現象を分子生物学の視点で理解したいというのは、現代医療の時代精神であり、ゲノムーオミックスー経路網という新しい研究の基軸はそれを後押している。健康科学においても、基本精神は同じである。これまで紹介してきたように、食、サプリメント、運動、睡眠とリラクゼーションなど、健康科学の対象となる対処法の研究においても、遺伝子、オミックス、経路網、エピジェネティクスなどの研究方法が駆使されるようになっている。それによって、健康に関わる現象を分子レベルから理解しようとする努力はすでに始まっている。
    ただし、その目標への道は遠い。その理由はいろいろある。例えば、食物素材の中の単一の低分子化合物である成分ならば、薬の場合と同じであるが、伝統的な健康食品の効能をしらべることは、一般に難しいところがある。これらの素材は本来複合物であり、時に挟雑物を含む天然物であり、時間の経過と保存状態に依存して変性する可能性があるからだ。そうした複合成分の相乗的効果を考えながらの解析は、薬の研究開発よりずっと難しいからである。
    しかし分子レベルからの機序の解明ができなくとも、対象を適切に選択し、さまざまな条件を合理的に整え、反復、再現可能な統計解析に耐える結果が得られるなら、科学的に確かな現象であると言える。これが、根拠に基づく evidence-based 検証法である。
    すでに紹介してきたように、健康科学の多くの課題がいまや、機序 mechanism の理解をめざすようになってきている。しかし、それがまだ達成できないとしても、根拠 evidence を明らかにすることは、不可能ではないと考えられている。以下では、根拠に基づく医療 evidence-based medicineの 考え方を紹介し、次に、予防や健康維持の実践的な指針を紹介する。

EBMの源流

    現在、「根拠に基づく医療 Evidence-Based Medicine(EBM)」という言葉は当たり前のように使われているが、そうした風潮が広がったのは、この20年ほどのことである。EBMという言葉が使われるようになったのは、カナダの MacMaster University の Sackettらの1985年の論文、“Evidence based medicine: what it is and what it isn't.” が発表されてからのことである(Hill00, Sackett73)。
    当時、Sackettらは、Health Care Evalution Seminars という、カナダの公共医療の評価を目的とした関係者の間での連続セミナーを実施していた。彼らの行動は、英国の臨床医であるコクラン Cochran の思想に影響されていた。そうした行動を基礎に、サケットらは、“Clinical epidemiology: a basic science for clinical medicine” と題する論文を発表した(Sackett75)。これは後に、“Evidence based medicine” と題する Davidoff と Sackettらの論文として再録されている(Davidoff95、Sackett96)が、これがEBMという言葉が使われるようになった始めとされている。それゆえ、EBMという言葉は Sackett に遡るとされるが、その精神はコクランに発すると言ってよい(Hill00)。
    コクランは、それより前に、“Effectiveness and Efficiency: Random Reflections on Health Services” と題する本を出版し、臨床医学が、Randamize Conrolled Trial(RCT、無作為化比較試験あるいはランダム化比較試験)を重視すべきだという考えを訴えていた(Cochran72)。コクランのこの思想は、サケットを含む海外の医療サービスの関係者に影響を与えた。その後、チャルマース Chalmersらが、コクランの思想を実践する場をつくろうと動き、それが1990代始めのコクラン・センター Cochran Center の創設につながった(Chalmers92)。それ以後、EBMと Cochran Center は、思想と実践の場という関係で、世界の臨床医学と医療関係者の間に広がっていった(Hill00)。コクラン・センターの活動には、多くの研究機関が賛同し、その連係は Cochrane Collaboration と呼ばれるようになった。
    我が国では、1990年代の中頃、(現)国立医薬品食品衛生研究所(国衛研)化学物質情報部長であった神沼二眞のグループの山本美智子がコクラン・センターを訪れ、その活動を日本に紹介するために、国衛研にコクラン・センターのミラーサイトを置くことになった。その後、EBMの考えは、日本の医療関係者の注目を引くところとなり、診療ガイドラインづくりに生かそうという検討委員会が設置された。以後、いくつの大学で、この思想を発展させようという努力が継続されている。
    コクランを祖とするEBMのもともとの考えは、「臨床医は、患者に関する判断を下す際、自分の経験と勘に頼るだけでなく、発表されている最良の情報や知識を集めて、それを活用しなければならない」というものだった。その情報や知識のうちで、コクランが重視したのが、Randamize Conrolled Trial であるが(Hill00)、それは同じ英国の Fisher や Pearson などが開発してきた近代的な統計学の中核となる技法である。
    臨床医学現場でのEBMの考えは、しばしば PICO Format という概念にまとめられる。ここで、P は populations(患者)をさすが、participants(参加者)や problems(問題)も意味する。I は intervention(介入、対処、治療法)を意味し、C は comparison(比較対照)、O は outcome(アウトカム、結果、転帰、目標)を意味する。この I の代わりに E すなわち exposure(曝露)を使って、PECO Format を強調する立場もある。これに対して、このような良心的な判断を下すためには、患者に合わせて良質な情報を収集する必要があり、臨床医は、情報収集に練達している必要があるという意見もだされている。この立場は、Patient-Oriented Evidence that Matters (POEM)と呼ばれる(Slawson05)。
    臨床医を中心とする初期のEBMが、もう一つ重要視したのは、学術誌に発表された臨床医学の研究論文の読み方である。コクラン・センターでは、メタ・アナリシス Meta-Analysis という技法を重視した。メタ・アナリシスとは、ある課題についての同じような論文に記されているデータを集めて相互比較して、あらたな知見を導こうとする技法である。こうした技法を駆使するためには、素材とする論文のレベルが似ていることが前提となる。
    そのために論文を比較、評価する素養が研究者に求められる。同じことは、EBMを指向する研究についても言える。そのために、Greenhalgh は、学術論文を読むに当たって考慮すべき事項を以下のようにまとめ、それを実行する訓練のための啓蒙的な論文を British Medical Journal に多数発表している(Greenhalgh97)。

  • (1)研究に独自性があるか(Was the study original ?)。
  • (2)誰についての研究か(Whom is the study about ?)。
  • (3)研究は問題に対して十分鋭敏に計画されているか(Was the design of the study sensible ?)。
  • (4)系統的な偏りは避けられているか、あるいは最小に押さえられているか(Was the systematic bias avoided or minimized ?)。
  • (5)評価に盲検の考えは取り入れられているか(Was assessment “blind” ?)。
  • (6)前提となる統計的な質問はどこで議論されているか(Where preliminary statistical question dealt with ?)。

    こうした注意は、研究が患者の役にたっているか否かを意識させるものである。ただ、こうした論文の信頼性を高めるための努力は、別にEBMに限らず、ごく一般的に払われるべきだと言える(津谷03)。
    いずれにしてもその後、EBMの考えは臨床医の専門分野を越えて、理学療法など、医療サービス一般、さらに公衆衛生学的な実践指針にも適用されるようになってきた。とくに予防医学においては、このことが、これまで臨床医の経験や、統計的にはあまり厳密とは言えない疫学調査に依存していた各種の知見や指導指針を見直す機運を醸成した。こうして予防医学や健康維持に関する助言、指導指針、行動プログラムの多くにおいて、「EBMを基礎にすることが望ましい」と考えられるようになってきた。また、すべての医療政策はEBMを基礎とすべし、という極端な意見もある。
    EBMの定本としては、やはりサケットらが1997年に出した本が知られている。これは2000年に改訂版がでている(Sackett00)。EBMについてのインターネットのサイトも多数ある(例えば、中川仁)。比較的最近の研究例として、認知症のリハビリテーションのEBM研究を挙げておく(Manzine09)。

参考文献

  • Gerry B. Hill, Archie Cochrane and his legacy An internal challenge to physicians’ autonomy? Journal of Clinical Epidemiology 53: 1189–1192, 2000.
  • D.L. Sackett, M. Baskin, Health Care Evalution, Hamilton, Ontario: MacMaster University, 1973.
  • Archiebald Cochran, Effectiveness and Efficiency: Random Reflections on Health Services, Nuffield Hospitals Trust, 1972.
  • D. L. Sackett, R. B. Haynes, P. Tugwell. Clinical epidemiology: a basic science for clinical medicine. Boston: Little, Brown and Company, 1985.
  • F. Davidoff, et al., Evidence based medicine. A new journal to help doctors identify the information they need., BMJ 310:1085–6, 1995.
  • I. Chalmers, K. Dickerson, T. C. Chalmers, Getting to grips with Archie Cochrane’s agenda. BMJ 305:786–788, 1992.
  • Anon, Evidence-based medicine, in its place 346:785, 1995.
  • D.L. Sackett, et al., Evidence based medicine: what it is and what it isn't. BMJ 312: 71-72, 1996.
  • Cochrane Collaboration(http://www.cochrane.org/)
  • T. Greenhalgh. Assessing the methodological quality of published papers, BMJ, 315:305-8, 1997.
  • David L. Sackett, Sharon E. Straus, W. Scott Richardson, William Rosenberg, and R. Brian Haynes, Evidence-Based Medicine: How to Practice and Teach EBM (2nd ed, with CD-ROM), Philadelphia, Pa, Churchill Livingstone, 2000.
  • David C Slawson, Allen F.Shaughnessy, Teaching Evidence-Based Medicine: Should We Be Teaching Information Management Instead? Academic Medicine, 80(7)85-689, 2005.
  • 津谷喜一郎・長澤道行、医師と診療ガイドライン-“professional autonomy”の視点から-、日医雑誌129(11):1793-1803、2003.
  • 中川仁、EBMのサイト例(http://homepage2.nifty.com/ebm-main/)
  • P. R. Manzine, S. C. I. Pavarini2, Cognitive rehabilitation Literature review based on levels of evidence, Dementia & Neuropsychologia 3(3):248-255, 2009.

疫学と臨床疫学

    EBMとの関連で浮上してきたのは、従来の疫学 Epidemiology と違う、臨床疫学 Clinical Epidemilogy(Sackett85)という研究領域である。疫学とは、何らかの医学的な事件や問題を解決するために、何らかの属性をもったヒトの集団の特性を調査分析することである。何らかの属性とは、例えば、ある地域で発生した中毒の原因究明のため、その地域と近隣地域の住民に関する調査をする、というような場合の住民の居住区、年齢、性別などを意味する。朝食を食べるヒトの集団と食べないヒトの集団なら、朝食が属性になる。
    疫学では、例えば水俣病のように、ある事件が起きて、その原因を究明するという場合もあるが、お茶を飲むことががんの予防につながるか否かをしらべるために、ある地域に住む住民を、お茶を飲む人たちと、飲まない人たちの集団にわけてしらべる、というような場合もある。これは症例対照研究の一例である。
    また、ある地域や年齢層の集団を、時間の経過とともに観測を続けていくという研究方法もある。これがコホート研究である。また、AとBという2つの手段の効果をしらべる場合、ある集団を2つに分け、一方にAを、他方にBを施すが、どちらが施されているかは、本人たちにはわからないようにしておき、またその効果を判定する者も、最初は検査する相手に、どちらの手段が施されたかはわからないようにしておく。これが2重盲検試験 double-blind の方法だが、この被験者を2つの群に分ける分け方に偏りがないようにするのが、無作為化 randamize する方法である。ゆえに、こうした試験法は、無作為化比較試験と呼ばれる。
    疫学研究は、症例対照研究、コホート研究、無作為化比較試験の順に厳密さが増していくと考えられている。いずれの場合も、疫学研究では、研究者が待っていないで、被験者の方に出掛けていき、働きかけようとする。これに対して臨床では、普通、医師は訪ねてくる患者を待っている。当然そこに人の集団としての偏りがある。したがって、能動的な疫学研究と、受動的な臨床研究とは、研究の方法論としては異なると考えられている。
    ただ臨床研究でも、臨床記録のとり方を工夫することで、症例をまとめて行って、疫学研究に匹敵するような、信頼性のある結論を導くことができるのではないか、という考えがある。これが臨床疫学 Clinical Epidemiology の考え方である。コクラン・センターのようなEBM活動が、臨床疫学研究を重視するのは、このような視点があるからだと言える。EBMと臨床疫学との関係では、Feinstein が先駆的な研究者だとされている(Feinstein68/95)。
    我が国で臨床疫学を名乗ったは、1980年代の東京都臨床医学総合研究所の倉科周介(当時室長、後に東京都衛生研究所長)の研究グループであった。このグループでは、計算機を駆使した統計解析やデータ解析の環境と専門家が、臨床医と協力して、臨床症例の記録を解析に耐えるような形式で整理することから始め、本格的な統計解析を実施できる体制を整えていた。ここで計算機によるデータ解析の環境を構築していたのは、神沼二眞を責任者とする生命情報工学研究室のグループであった(神沼85)。

参考文献

  • A.R. Feinstein.Clinical Epidemiology II. The Identification Rates of Disease, Annals of Internal Medicine, 69(5): 1037-1061, 1968.
  • A.R. Feinstein. Meta-analysis: statistical alchemy for the 21st century. J Clin Epidemiol., 48(1):71-9, 1995.
  • 神沼二眞、医療革新とコンピュータ、岩波書店、1985.

EBMの解析的な道具

    EBMを志向するためには、統計的なデータ解析が避けて通れない。コクランがEMBにつながる思想を発表した1970年代においては、多変量データの統計解析を実施することは、そう簡単なことではなかった。その理由は、実際の統計解析には、データを収集し、編集する前処理や、解析結果を分かりやすいようにグラフとして表示するなど、視覚化する過程が含まれているからだ。それらの作業は、一連の流れとして処理される。そうした作業は計算機に頼らざるを得ないが、そのためのソフトウエアは、まだパッケージ化されていなかった。
    統計解析を実行するプログラミング類を束ねたものが統計パッケージ statistical package である。1970年代に開発されていたのは、NIHのBMD、商品としてのSPSS、SASである。我が国では、東京都臨床医学総合研究所の神沼らのグループの丹後俊郎、刈谷丈治らが開発したSPMS(Statistical Package for Medical Science)が、唯一であった。
    その後、1980年代には、UNIXシステムで動く S が開発され、これは後に、フリーソフトRの原型になった。SPMSの開発はその後中止されたが、SAS、SPSS、S-PLUS(Sの後継ソフト)は、機能が継続的に更新されている。また、Microsoft Excel でも、かなりの処理ができるようになっている。だが、現在、生物医学の多くの研究者は R を使っている(金明哲07)。また、オミックスデータなど、いわゆるバイオインフォマティクスの解析には、R を基礎にした無料ソフトである Bioconductor が使われている(Crawley05, Gentleman05)。また、統計学以前の数学的な処理ソフトとしては、商品である Mathematica や MATLAB が知られているが、フリーソフト、Octave、Scilab、またオミックスデータ解析用の TIGR MeV も、可視化機能が豊富である。
    EBMを実践しようとする時必要となるのは、統計解析ソフトだけではない。なぜなら医学では、さまざまな波形(時系列)データや画像データに遭遇することがあり、また、最初からは数値で表現できない項目もある。そのために神沼は、「医学で出会うすべてのデータを計算機で解析できる環境」を開発し、それぞれの統計解析、波形解析、画像解析ごとの専門家を養成することを試みていた(神沼85)。ただ、そうした多様なデータをすべて、統合的に解析しようという研究グループは、その後もほとんど見当たらない。ただ、数値や波形や画像のそれぞれを解析する個別の計算機ツールは、目覚しく発展している。

参考文献

  • 金明哲、Rによるデータサイエンス、森北出版、2007.
  • Michael J. Crawley, Statistics: An Introduction using R, Wiley, 2005.(野間口謙太郎・菊池泰樹訳、統計学:Rを用いた入門書、5月刊行、共立出版、2008年)
  • Robert Gentleman et al., Bioinformatics and Computational Biology Solutions Using R and Bioconductor, Springer, 2005.
  • R (http://www.r-project.org/)
  • Octave (http://www.gnu.org/software/octave/)
  • Scilab (http://www.scilab.org/)
  • Bioconductor (http://www.bioconductor.org/)
  • TIGR MeV (http://www.tm4.org/mev.html)
  • 神沼二眞、医療革新とコンピュータ、岩波書店、1985.

生物医学統計の専門家

    EBMを実践するための大きな障害は、生物医学の実験や臨床医学や疫学のデータ解析を専門にする統計学者が少ないことである。数学には若くして大きな業績を上げている天才が多いが、統計学には天才がいないと言われる。その意味は、どんな優れた研究者でも経験をつまないとこの分野ではよい仕事ができない、という意味である。我が国で、生物医学におけるデータ解析の専門家が必要なことが認識され始めたのは、ゲノム解読などで多量のデータが産生され、その処理が最早人間の手に負えなくなったことと、EBMへの意識が芽生えたことで、統計的な考えを導入する必要を感じるようになってきた、この10年ほどのことである。
    我が国の医学に統計学を持ち込もうと努力したのは、戦後、東大医学部物療内科にあった高橋晄正である。彼は気象庁にいた増山元三郎との出会いから、「推計学」と呼ばれた英国のフィッシャーらの統計学手法を知り、これを医学に導入して、薬の効果の判定や計量的な診断学を構築する研究を行った(高橋64)。とくに、グルクロン酸の薬効判断に関し、「使った、治った、効いた」のいわゆる「3た論法」が使われていると激しく攻撃して、対照実験や多変量解析の必要性を主張した。
    1970年代に、医学への計算機応用研究に入った神沼二眞と、臨床医学や公衆衛生学の役割を、「患者や医療サービスの受け手にとって役に立っている Effective か」という視点から問い直そうとした倉科周介は、1975年に発足した新設の東京都臨床医学総合研究所に、応用統計学、情報工学、知識工学などの専門家と臨床および基礎医学研究者が協力する、医療情報学 Medical Informatics、臨床疫学 Clinical Epidemiology、生命情報工学 Bioinformatics という名称の研究プロジェクトを立ち上げた。
    コクランとサッケットらによるEBMの立ち上がり時期と、高橋とその影響を受けた倉科と神沼らの実践は、ほぼ1960-70年代という、同じ時期にあった。統計学(推計学)の考えの源流は、フィッシャーにある。しかし、患者の役に立つ、医療サービスの受け手のためになるという Effectiveness の必要性は、臨床医の発想である。コクランがEBMの源流となる論文で述べている Effectiveness との違いを理解することは非常に重要である。なぜなら、Efficinecy は同じ経費をかけた時の仕事の達成量で測られるが、Effectiveness は、顧客 Client の満足度で計られるからである。
    効率 Efficinecy は計量化しやすく、経営「管理」学ではお馴染みの課題である。しかし、Effectiveness の重要さは、案外強調されてこなかった。経営者にとって Effectiveness が最重要であることを明確に述べたのは、ドラッカー Peter Druker である。EBMの源流としてのコクランやサッケットの思想には、「臨床医療の顧客に対して責任ある判断を下すためには、統計学とくに Randamize Conrolled Trial(RCT)のような、人間の主観をできるだけ排除した、科学的な方法論を使うべきだ」、という考えが伺える。
    しかしながら、臨床医学や疫学におけるデータ解析や統計学には、分野特異的な難しさがあり、同じ統計学と言っても、分野を特定しない応用統計学の専門家では、すぐに対処できない問題が多い。それにはいくつかの理由がある。現代の統計学は、確率論を基礎として、問題に対処するために何らかの確率的なモデルを前提とする。例えば、確率的に変動する量に対して、そのゆらぎがガウス分布にしたがうというような仮定である。そこで平均と分散というパラメータを推定する。経験からすれば、確率論的なモデルがよく当てはまるのは、遺伝学の問題である。その裏には、多少偶然に左右される、似たような事象が繰り返し起きている、というイメージがある。工場生産の品質管理のような問題でも、製品のバラツキは確率的に起きると考える。
    これに対して、生産過程に積極的に介入して、品質のバラツキを抑えるにはどうしたらよいかを考えるのが、いわゆるタグチメソッドである。その考えでは、平均の代わりに理想値を設定し、製品がそれに近くなるようにバラツキを抑えこむには、生産工程をどのように設計しなおしたらよいかを問題にする(田口99, 立林04)。こうした考えが自動車などの生産現場で成果を挙げたとされており、その普及がはかられている。
    このような方法は、医療の分野でも、ルーティンに行われる検査や診断などの精度を向上させるには有効かもしれないが、臨床医学や疫学の一般的な問題に応用できるわけではない。その根源的な問題は、

  • (1) 繰り返しが可能な動物や培養細胞などを用いた実験結果からヒトへの影響を予測することが行われる。
  • (2)人間は生物個体として常に変化しており、また個人差があるから、確率論のモデルが実際には成り立ちえない。
  • (3)病院に来るヒトは、ヒトの集団の中ではすでに偏っている上に、統計学的な検定に耐えるような数を揃えることが難しい。
  • (4)人間の生活も生活環境も変化し、医学的な検査法も進歩しているから、経年的な計測結果は同じならず、比較することも難しくなる。
  • (5)ヒトのデータを揃えるには、倫理的な問題が絡むので、手続きが煩雑になり、費用が大きくなる。
  • (6)「お茶をどのくらい飲んでいるか、体をどのくらい動かしているか」など、ヒトの日常生活に関わることを計量化することは、難しく、誤差も大きい。

などである。実際の臨床医学や疫学研究では、さらに多くの問題に遭遇する。したがって、これまで研究開発されてきた、いわゆる統計学やデータ解析の技法を適用するだけで問題が解決されえないのは明らかであり、ここに、臨床医学や疫学の研究者のよきパートナーとなりうるような統計学やデータ解析の専門家が必要とされるゆえんがある。この意味では、統計学でいう平均という概念を敢えて捨て、人間の行動によって達成すべき目標とする「理想値」に置き換えた、タグチメソッドの発想は、臨床医学や疫学研究に統計学を応用しようとする者が、どのように発想を転換したらよいかを示唆するものと言える。
    計算機が医療に導入されるようになってから、臨床症例をデータベースに整理しておけば、数々の医学的な知見が得られるという夢が繰り返し語られたが、そのような夢は今に至るも実現していない。コクランが Randamize Conrolled Trial を念頭に置きながら、EBMによって警鐘を鳴らしたのが臨床医の行動であったことは、その実行が如何に困難かを示すものである。ただ、その呼びかけが、臨床医の守備範囲を越えて、医療、公衆衛生、さらには予防医学、健康科学に広がり、統計学の考えを尊重した科学的な方法論をできるだけ採用すべきだ、という潮流を生むことなったことは、大いなる前進と言える(山岡01、縣03)。

参考文献

  • 高橋晄正、新しい医学への道、紀伊国屋書店、1964.
  • Archiebald Cochran, Effectiveness and Efficiency: Random Reflections on Health Services, Nuffield Hospitals Trust, 1972.
  • P.F. Drucker, The Effective Executive, HarperCollins, 1993.(P.F.ドラッカー、上田 惇生訳、経営者の条件、ダイヤモンド社、2006)
  • 神沼二眞、医療革新とコンピュータ、岩波書店、1985.
  • 田口玄一、タグチメソッド わが発想法―なぜ私がアメリカを蘇らせた男なのか、経済界、1999.
  • 立林和夫、入門タグチメソッド、日科技連出版、2004.
  • 山岡和枝、行動計量学とEvidence-Based Medicine、行動計量学、28(2): 39-43, 2001.
  • 縣俊彦(編著)、EBMのための臨床疫学、中外医学社、2003.

EBMのこれから

    現在、EBMは臨床医学や予防医学、健康科学の研究者たちの時代精神になっている。しかし、「根拠に基づく医療 evidence-based medicine」についての概念は、人によって違いがある。とくに、コクランやサケットの最初の構想、臨床医の立場からの発想は、案外と忘れられており、単に「疫学的あるいは統計学的な検討に耐えるような知見が存在しているか」に置き換えられている場合も少なくない。さらには、EBMはデータを計学的に処理しているということと同じ、と安易に考えられているような傾向も伺える。
    確かに、卓上のPCの性能が向上したことで、昔なら大型計算機を必要としたような計算が、楽々と実行できることから、パッケージとして組み込まれたソフトウエアを使って計算したことをもって、科学的な方法を使ったと錯覚しているところもある。研究とは、少なくとも、再現性がある reproducibility、厳密である precision、適切な外挿がなされている suitable extrapolation、比較が公平に行われている fair comparison、などの条件を満たしていることが前提である。
    一般に、統計学的な方法、あるいはデータ解析という方法にも、目的からすると、「捜査官の方法」と「裁判官の方法」とがある。捜査官の仕事は、疑わしい人物を同定することである。裁判官の仕事は、黒白をつけることである。いわゆるデータ解析やデータ・マイニングと呼ばれる技法は、「捜査官の方法」である。統計学の根幹にある「仮説検定」は、どちらかと言えば、黒白をつける裁判官の仕事にあたる。ただ、注意すべきは、この時の黒白に関する結論は、あくまで「前提となるデータに基づくなら、しかじかのことしか言えない」というものである。だから、データが異なってくると、結論も異なってくる。さらに、データが異ならなくても、別な見方をすれば(モデルを立てれば)結論は違ってくる。根拠に基づく医療 evidencebased medicine も、この2つの方法が混在している。
    統計学のこの限界を考えると、始めからそう厳密な判定を下すことを考えなくてもよい、という考えもある。そういう立場に立って発想されたのが、探索的データ解析である。この考えでは、解析の結論は、捜査官にとっての疑わしい者に当たる仮説となる。
    臨床医学や疫学の研究の多くは、決着をつけるというより、仮説を提唱している(可能性を示唆している)というものが多い。したがって、現実問題として重要なのは、個々の研究者の方法論ではなく、実験や(疫学調査のような)調査の専門家が、統計やデータ解析の専門家と「事前に」よく相談して、研究計画を立て、結果を協力して解析できるという仕組みをつくることである。これまでの多くの臨床症例や医学研究や疫学研究の問題は、事後に統計学やデータ解析の専門家に、解析を依頼する(丸投げする)というスタイルが多かった。
    生物医学系の研究者のそうした習慣は、元を辿ると、我が国の生物医学系の教育に、厳密な思惟(思考)の方法論としての、統計解析学や情報学の教育が抜けており、大学や研究機関にも、そうした専門家のポストがないことに起因する。高橋晄正、神沼二眞と倉科周介、さらに東大病院の情報システム開発に当たった開原成允らの先駆的な挑戦にも関わらず、我が国の医学研究分野における研究と教育に、統計学やデータ解析の専門家を加えるべきという主張は、長い間無視されてきたに等しかった。
    ところが、ゲノム解読が、疾病関連遺伝子探索へ進展するようになった2000年頃になると、大規模な患者集団を対象とした研究が組織されるようになり、そこで改めて統計学やデータ解析の専門家の必要性が認識されるようになった。(なみに、現在、GWAS(Genome-Wide Association Study)など、大規模ゲノムデータ解析の専門家である鎌谷直之は、高橋晄正らの物療内科グループにつながる最後の研究者である(鎌谷直之06)。)そのためにJST(日本科学技術振興機構)人材養成支援事業の中で、こうした人材を養成する久留米大学(責任者、角間辰之教授)と東京大学(責任者、永井良三教授)らのプログラムが認められた。いずれも5年間の事業ですでに終了しているが、前者はクリニカルバイオスタティスティクスコア人材養成ユニットと呼ばれ、後者はクリニカルバイオインフォマティクス人材養成ユニットと呼ばれていた。この時期では、すでに医療統計学の本は多数出版されており、計算機の活用の環境も整備されてきた。問題は、これらの人材養成コースで使えるようなよい教科書が少ないことである(丹後93/02/03)。
    一方、薬効評価については、製薬企業の現場の研究者たちが、吉村功らを講師として自主的な勉強会を重ねてきた(吉村功87)。また、医薬品行政の立場からは、内山充(当時、国立医薬品食品衛生研究所長)が、レギュラトリーサイエンス Regualtory Science 科学的な結論が明確でない状況でも、決定を下さなければならない行政の立場を考慮した、レギュラトリーサイエンス Regualtory Science を提唱した。この概念は薬学会のレギュラトリーサイエンス部会に引き継がれている。食品分野では、BSE問題などから、国としてのリスク(危害の確率)管理のための専門委員会が設置されているが、EBMのような専門家は参加していない。これらの研究領域での体制も決して満足すべきものとは言えないが、統計学やEBM的な考え方の必要性は認識されてきている。
    現在、EBMの考え方、とくに Randamized Controlled Trial (RCT) の考えは、臨床研究に広く認識されていると言ってよい(津谷03)。実際RCTの事例を集める事業が行われている(JHES)。EBM的な考えが広がるべき、これからの領域は、健康への食の効用と補完代替医療 Complementary and Altenative Medicine(CAM)だろう。前者については、栄養学の立場から、統計学の必要性が認識されている。だが、微量な植物成分 phytohemicals の効用の評価には、医薬品のそれとは違った難しさがある。
    我が国には、もともと医学統計家が少ないが、健康食品を含む食物の効用に関する専門家はさらに少ない。この分野で積極的な啓蒙活動をしているのは坪野吉孝である(坪野01)。
    また、伝承的な医学、つまり昔からの知恵の科学的な検証 Evidence-based CAM は、健康科学のこれからの大きな課題である。否定的な学者の主張は、例えば統合医療の効能は、偽薬効果 placebo 以上のものでないとする説である(Spence05, Ernst02, Sigh08)。重要なのは、個々の技法ではなく、むしろ実験や疫学の研究者と統計学やデータ解析の研究者とが、常に協力しながら科学的な検証のレベルを向上させていく仕組みをつくることであろう。

参考文献

  • J. W. Tukey, Exploratory Data Analysis, Addison-Wesley, 1977.
  • 鎌谷直之、実感と納得の統計学、羊土社、2006.
  • 久留米大学の人材養成プログラムの成果の報告 (http://scfdb.tokyo.jst.go.jp/pdf/20031660/2005/200316602005rr.pdf)
  • 医療統計学のサイトは、例えば: (http://park3.wakwak.com/~medical/category/statistics.htm)
  • 丹後俊郎、新版 医学への統計学、朝倉書店、1993.
  • 丹後俊郎、メタ・アナリシス入門―エビデンスの統合をめざす統計手法、朝倉書店、2002.
  • 丹後俊郎、無作為化比較試験―デザインと統計解析、朝倉書店、2003.
  • 吉村功編著、「毒性・薬効データの統計解析-事例研究によるアプローチ-」、サイエンティスト社、1987.
  • 津谷喜一郎・長澤道行、医師と診療ガイドライン-“professional autonomy”の視点から-、日医雑誌129(11):1793-1803、2003.
  • JHES(日本ハンドサーチ・エレクトロニックサーチ研究会)(http://jhes.umin.ac.jp/)
  • 坪野吉孝、久道茂、栄養疫学、南江堂、2001.
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