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Ⅳ. 新しい医学とミツバチ健康科学
   —6.有効性と危険性の評価—

情報公開

    先進国においては、国民が健康に生きる環境を整備することが国の義務になっている。そのために、国はさまざまな規制を行っている。それらの規制は、当然、科学的な根拠に基づいて行われるべきであるが、そのためには時間、コスト、人手が必要であり、科学面での成熟も必要である。したがって行政の立場からは、さまざまな制約の下で、判断を下すことになるが、その判断は正しいという保証はない。その代わりに、判断は常に見直しの対象になっていなければならない。そしてこの見直し作業は、判断を下す制度の中に組み込まれていなければならない。
    このような規制は国家の主権に関わる事項であるが、貿易が進んでいる現在の国際社会では、安全性や有効性の評価法、さらにそれらの製品への表示の仕方に至るまで、国際的に調和させる Harmonization 協議が政府間で常に行われている。また、規制の根拠となる評価と、その根拠となる科学的な調査や実験に関しても、常に情報交換が行われている。こうした国際協力には、国同士の連係もあるが、たいていWHO(World Health Organization、世界保健機構)やFAO(Food and Agriculture Organization of the United Nations、国際連合食糧農業機関)のような国連機関と、その傘下の専門機関が仲介する組織が使われている。
    規制の根拠となる科学的な調査や実験の報告に関しては、質量ともに米国のそれが他を圧倒している。米国は NIH(National Institute of Health)という、生物医学研究の司令塔が存在し、その傘下に多数の専門領域ごとの研究機関を擁するだけでなく、それらの機関全体として、国民(納税者 taxpayer)に責任を負っているという姿勢を明確に打ち出している。また、情報交換が徹底され、基本的に税金を使った研究の成果は公開されるべきだ、という考えに基づいて、研究だけでなく、専門家のいる情報公開のための組織を数多く設置している。
    我が国でも「国民に情報を提供することは国や公的研究機関の研究者の義務である」という考えがようやく当たり前になってきた。また、インターネットの普及で、専門機関からの情報提供コストも減少してきたので、情報の提供が始まっているが、統計学者やデータ解析の専門家の不足と同じように、情報提供の専門家が不足していることと、予算も十分でないため、提供されている情報と体裁がひどく見劣りすることは否めない。
    次に、この視点から、健康科学に関連した行政が行っている安全性と有効性に関わる評価制度のいくつかを紹介するが、上記の理由で国際機関や米国の情報が多くなっている。

医薬品

    いわゆる薬のうち、医師の処方が必要なものが、医療用医薬品であり、国はその安全性、有効性、品質を規制している。国の研究機関としてその責任を負っているのは、国立医薬品食品衛生研究所である。医薬品が研究開発から承認にいたるまでには 10年、1,000億円以上の費用が掛かると言われるが、その中でも大きな部分を占めているのが、実際の患者の集団と健常人の集団を対象にした試験である。医薬品が国際的に流通するためには、それぞれの国での規制を満たさねばならないから、日米欧の諸国は、そうした規制をすりあわせる harmonization ための話し合いを定期的に持っている。
    我が国で承認され、市場に出て行く可能性のある薬は、すべて名称委員会によって登録名が確認されている。これを Japan Names for Pharmaceuticals(JAN)と呼ぶ。この情報はインターネット上に公開されている。
    医薬品については、使用条件などを記した、いわゆる添付文書が付随している。また副作用が起きた場合には報告が義務付けられている。これらの情報もすべてインターネット上に公開されている(医薬品医療機器情報提供ホームページ)。

  • 医薬品情報提供サイト
  • 国立医薬品食品衛生研究所 (http://www.nihs.go.jp/index-j.html)
  • 医薬品医療機器情報提供ホームページ (http://www.info.pmda.go.jp/index.html)
  • 財団法人日本医薬情報センター (http://www.japic.or.jp/index.html)

化学物質

    生活環境中にあり、我々の健康に影響を与える化学物質は増え続けている。その安全を評価するには、大きな費用がかかる。これについてもWHOを中心とした国際協力の仕組みがあり、その中核に位置しているのが、国際化学物質安全計画IPCSである。この組織は、健康に影響を与えると思われる化学物質の安全性に関して、重要度を考慮しながら評価する文書 Environmental Health Criteria を刊行している。これは化学物質の健康リスクに関する、国際的に最も信頼度の高い情報とされている。
    この文書の作成には、物質毎に各国の専門家が参加した Working Group が組織され、信頼の置ける学術文献から選択された情報を元に、議論を重ねながらリスクを評価していく。この文書の作成は、EBMの思想が関心を呼ぶ前の1970年代から始まっている。この文書作成は、「既存の文献のうち、信頼性のあるものから、信頼性のおけそうな情報を抽出し、比較検討して、結論を下す」という理念で貫かれており、EBMの考えを先取りしていると言える。それだけに、そうした文書(データ)が存在しないものについては評価ができないことと、一冊の文書を刊行するまでに時間がかかるのが、欠点である。
    なお、このような文書のもとになるデータそのものの産生は、各国がそれぞれの国内の研究機関で継続的に実施している。最も有名なのは、米国NIHの National Toxicology Program(NTP)である。そのデータも公開されている。
    化学物質の危険性のうち、発ガンに関係するものは、フランスのリヨンにあるWHOの研究センター International Agency of Resarch on Cancer (IARC) が、評価を行い、Monograph シリーズ、IARC Monograph として刊行されている。これらの文書では、疑われている数千の化合物について、疑わしさのランクづけが行われている。

食品の安全性

    我が国において、食品についての安全性は、国立医薬品食品衛生研究所(http://www.nihs.go.jp/index-j.html)、栄養に関しては、国立健康栄養研究所(http://www.nih.go.jp/eiken/)が情報発信している。米国ではFDAである。
    食品については、基本となる成分表の作成が国の支援で定期的に行われて、公表されている。食品の安全性とは、残留している環境汚染化学物質とくに残留農薬、食品の変性、食品に付着するカビや菌のような汚染物、食品の保存のための添加物、見栄えをよくするための着色料、味をよくするための調味料など、素材とは異なる副次的な化合物の問題が多様にあり、その安全性の担保が大きな問題になっている。また、輸出入に伴う問題がある。
    複雑ではあるが、食品の安全性の評価では、「しかじかの微生物や化合物が、これこれの量検出されるか」を問うものであり、この意味では黒白がつけやすい。ただし、その検査対象と検査基準をどう設定するかは、上で述べた化学物質安全性の課題であり、微生物に関しては、生物医学的な知見に依存している。ただし、一般的に言って、危険性の問題は安全性の問題よりは、決着が付けやすい。それは動物試験であっても、危険性が確認されれば、人間にも危険だという認識が、共有されやすいからである。

食品中の機能成分

    食品(素材)の組成ではなく、ある食品中に注目される特定の有効成分がどれだけ含まれているかという、網羅的なデータベースは、案外と見当たらない。そうしたデータベースの一つは、国立がんセンターの疫学部から東京農業大学に転じた、渡邊昌らが公的資金の支援を受けて作成した「機能性食品因子データベース」(http://www.nihn.go.jp/FFF/)である。このデータベースは、ファイトケミカル phytochemicals と呼ばれる、フェノール酸類、ヒドロキシケイヒ酸類、フラボノイド、カロテノイド、テルペノイドが、日常の食品の中にどのくらい含まれているかを示したものである。
    ファイトケミカルに関するまとまった情報は入手しにくいので、このデータベースは貴重な情報源であるが、開発費が5年間しか継続されなかったためか、2008年以後は更新されていないのが残念である。

  • 機能性食品因子データベース(http://www.nihn.go.jp/FFF/)

薬草 Herb、サプリメント、植物成分

    薬草、あるいはハーブ herb は、民間伝承として一般の人が使える植物一般を意味するが、日本では漢方薬あるいは生薬として知られている、専門家によって処方される植物がある。そうした植物は、本草と呼ばれてきた。例えば、国立医薬品食品衛生研究所の図書館には、本草に関する和書が保管されている。
    本家の中国では、伝統的な中国医薬品 Traditional Chinese Medicine に関する膨大な知見が蓄積されている。最近そうした知識をディジタル化するとともに、成分となる化合物をデータベースとしたり、計算機をもちいた医薬品開発に利用したりしようとする研究が盛んになっている。こうした動きに較べると、漢方や生薬やそれらの成分を化合物データベースとして整理し、一般の研究者の利用に呈するというような努力は我が国では、あまりなされていない。
    例外的に有田正則らは、質量分析器を駆使した、生物の代謝物網羅的な収集 Metabolome を紹介するサイト(Metabolome.JP)を構築し、代謝の入門的な知識からデータベース化を解説するとともに、とくに健康食品のような植物成分研究の最前線の情報を提供している。その中には、健康に関心をもっている一般の人に専門分野の成果届けたいという、Webmasterの意図を反映したフラボノイド、漢方・生薬などに関する情報が置かれている。またTrivia、雑題(http://www.metabolome.jp/trivia)として健康法や健康食品に関する一般的な話題も紹介されている。このサイトの主宰者と協力関係にあるサイトとして金谷重彦らは、薬用植物のデータベース(KNApSAcK)を開発している。ここでは、世界各国の薬用植物とその成分を網羅しようとしている。なおこれらのサイトは日本質量分析学会のサイトである MassBank と連係している。
    米国ではNIHが Herbs at a Glance という、薬用植物の簡易なオンライン辞書を提供している。また、Memorial Sloan-Kettering Cancer Center では、統合医療の立場から、薬草 herb、サプリメント、植物成分、その他について、EBMの視点からの情報を提供している。

  • Metabolome.JP (http://www.metabolome.jp/)
  • KNApSAcK (http://kanaya.naist.jp/)
  • MassBank(http://www.massbank.jp/)
  • Herbs at a Glance (http://nccam.nih.gov/health/herbsataglance.htm)
  • Herbs, Botanicals & Other Products (http://www.mskcc.org/mskcc/html/11915.cfm)

特定保健用食品(トクホ)

    特定保健用食品とは、1988年に厚生省が栄養改善法を一部改定して、新に導入した食品の範疇であり、通称トクホと呼ばれている。トクホは行政用語であって科学的な用語ではない。ある食品が特定保健用食品として認定されるためには、それに含まれる成分の健康への有効性や安全性を証明しなければならない。この考え方は薬とまったく同じである。問題は、有効性や安全性をどの程度、厳密に証明することが求められるかである。
    ただし、科学的に言えば、有効性や安全性を証明するのに「程度」ということはありえない。医薬品の申請には、動物実験、臨床試験などが必要であり、トクホにおいても、一見同じような試験をすることになるから、その違いを認識することは難しいことになる。さらに、効用の表現(表示)についても、特定の疾患に効果があるとは謳えないことになっている。これはトクホがもともと、栄養改善法の一部を改正したことによって誕生したからである。つまり、トクホは健康増進法で縛られているから、「疾病の改善」は想定外になっている。したがって、表示 claim できるのはあくまで、「栄養成分」の「含有」と「機能」、そして「保健用途」に限定されている。このことは、消費者にとっても、商品の判断がつかない状況を生んでいる。

サプリメントと大衆薬

    消費者の立場から言えば、食品はスーパーマーケットで買うことが多く、大衆薬とサプリメントは、ドラッグストアで買うことになる。もともと日本ではサプリメント大国の米国と違って、錠剤としてのサプリメントを余り摂る習慣がなかった。だから町の薬局では、大衆薬(Over the counter drug, OTC)の販売と調剤が主な業務であった。ところが最近は、それ以外のいわゆるサプリメントや家庭用品を大量に扱うドラッグストアが増えてきた。
    医療費が高く、国民の Self-Medication 意識の旺盛な米国では、1994年に、DSHEA法(Dietary Supplement Health and Education Act)を制定し、サプリメントを、通常の食事を補うビタミン、ミネラル、ハーブ、アミノ酸を含む製品と定義した。また、専門機関としては、NIHにODS (Office of Dietary Supplements) が設置され、定期的な報告書(Annual Bibliographies of Significant Advances in Dietary Supplement Research)が刊行されている。最近では、Strategic Plan 2010-1014 と題する研究戦略が発表されている。
    日本で急にサプリメントが普及してきた裏には、1996年の日米貿易摩擦があるとされている。いずれにしても、健康の自主管理意識の高まりとも呼応するように、日本にもサプリメントの文化が押し寄せてきた。そうした動きと、食品衛生法と健康増進法という、2つの異なる法律で規制されることになって、「健康食品」は消費者には極めてわかりにくい範疇に押し込められることになった。
    すなわち、食品衛生法では「健康食品」という範疇が設けられており、健康増進法では、「栄養機能食品」、「特定保健用食品」、「特別用途食品」という、3つの範疇が設定されている。表示で言えば、「健康食品」では栄養成分含量だけが、「栄養機能食品」ではビタミンやミネラルが一定量含有されていることを明記することになっている。「特別用途食品」とは、高血圧症や腎臓疾患のような病人と、乳児用、妊産婦用、高齢者などのための特別食で、認可マークが定められている。
    この他に、栄養補助食品や健康補助食品という呼び方やマークもあるが、これらは財団法人の形をとった業界団体が自主的に決めたものである。
    現在の法律では、仮に食品中の薬効のある成分が見つかったとしても、薬事法の下にない商品に関しては、その効能を(販売促進手段としては)謳うことはできないが、このことも、さらに消費者を混乱させている。
    そのために、厚生労働省は、国立健康栄養研究所(http://www.nih.go.jp/eiken/)に、「健康食品」の安全性・有効性情報(http://hfnet.nih.go.jp/)というサイトを開設して、情報の一元的な提供を始めている。

参考文献

  • ODS (http://dietary-supplements.info.nih.gov/index.aspx)
  • Annual Bibliographies of Significant Advances in Dietary Supplement Research
    (http://dietary-supplements.info.nih.gov/Research/Annual_Bibliographies.aspx)
  • ODS, Strengthening Knowledge and Understanding of Dietary Supplements

合法および非合法ドラッグ

    芸能人の大麻所持事件が、いわゆるドラッグと呼ばれる麻薬類の広がりを警告することになったが、ドラッグの蔓延は世界的な問題になっている。ドラッグも健康を害する大きな要因として、米国の健康行動計画には取り入れられている。禁煙についても言えることであるが、国の積極的な対策が最も効果的である。

病気への対処 vs 生活の質の改善

    医療と健康対策の狭間にあるのが、命に別状はないが、本人には気になる症状である。痛み、疲労、ストレス、不眠、冷え、体臭、さらには容貌などが、その典型的なものだろう。医学や医薬品の開発の視点から言えば、痛みを客観的に計測することが難しいことから、その薬の開発も難しいとされている。同様に、疲労、ストレスなども、客観的な計測指標を選択することが難しい。何らかの症状に悩まされているのは本人なので、これを他の指標で代替しても解決にならない可能性があるのは当然である。
    こうした症状の改善は、いわゆる生活の質 Quality of Life の向上につながる。医学の最重要使命は、致命的な病に対処するということであるから、生活の質 Quality of Life の向上の多くは、予防医学や健康科学の範疇に委ねられることになる。そこにおける根拠は、当然、医学のそれと同じものとはならない。ただ、これに関する考えは、まだ確立されていない。これに関しては、医薬品並みの2重盲検法を採用すべしという考えと、「偽薬効果」でも構わないという、効果至上主義の考えまで、研究者の間でも幅がある。
    これについては、議論が続けられるであろうが、生活の質の改善は健康科学の大きな課題である。

現状の問題点

    以上、健康に関わる要因と、有効性と安全性についての行政の対応を、いくつか挙げてみたが、食品の健康への有用性に関しては、科学の進歩や社会情勢の変化に行政が十分対応できておらず、消費者には極めてわかりにくい状況になっている。
    科学・技術の進歩が急で、行政の対応がそれに追いつかない事態は、いつでも、また、どの国でも起きている。医療費の増大、高齢化社会への対応、健康への個人的な取り組みなどに対処するためには、問題解決のための話し合いの場を設定する必要もあると思われる。
    もう一つ重要な課題は、情報の信頼性をどう担保するか、という問題である。現在は、インターネット、新聞雑誌の広告、チラシなどの媒体に膨大な情報が提供されている。一方で、内外の専門家の最新の研究成果の原論文を、一般の人が入手することも極めて容易になってきている。問題は、情報がないのではなく、情報を取捨選択し、適切に判断する能力 skill をサービスの受け手が身に着けることである。このような目的での参考文献は、EBMを論じた医学統計学書よりも少ない。
    化学物質の安全性の評価に関する、WHOなど国際機関の協力による評価文書である Environmental Health Criteria は、完全ではないがひとつの模範にはなる。我が国で、同様な視点から健康関連情報の評価法について啓蒙しているのが、坪野吉孝である(坪野02)。

参考文献

  • 坪野吉孝、食べ物とがん予防、文藝春秋、2002.
  • Tusbono Report (http://metamedica.web.fc2.com/index.html)

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