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Ⅳ. 新しい医学とミツバチ健康科学
   —7.予防と健康への実践指針—

国の施策

    高度成長期の1970年代、厚生省が健康づくりに乗り出し、全国800箇所に健康増進センターを建設し、計算機を導入した総合検診システムと健康処方を組み合わせたサービスを提供しようという計画があった。この構想は実現せず、実際に建設された健康増進センターは多くなかったが、施設で提供するサービスとしての健康処方の柱は、食事、運動、休養の3つだった。
    この時の構想を引き継いでいるのが、厚生労働省保健医療局の健康日本21(http://www.kenkounippon21.gr.jp/)であり、対象となる年度は、2000年にスタートしたが、2008年に改定され、2012年がゴールに設定されている。
    この計画では、

表4-5. Healthy People 2010 の行動指針
運動   Physical activity
体重   オーバーと肥満 Overweight and obesity
喫煙   Tabacco use
悪癖   Substance abuse
責任あるセックス   Responsible sexual behavior
精神的な健康   Mental health
傷害と暴力   Injury and violence
良質な環境   Environmental quality
免疫(ワクチン接種)   Immunization
良質な医療環境   Access to health care
  • (1)栄養・食生活
  • (2)身体活動・運動
  • (3)休養・こころの健康づくり
  • (4)タバコ
  • (5)アルコール
  • (6)歯の健康
  • (7)糖尿病
  • (8)循環器病
  • (9)がん

を、目標に挙げ、(1)-(3)は推進、(4)は撲滅、(5)は減らすことを、(6)はよく咀嚼し、歯周病に気をつけること、(7)-(9)は、予防対策、早期発見、早期治療による死亡率の減少をめざしている。これは国として総合的な健康対策であり、具体的な実践指針が、さらにいろいろなところで出されている。
    この健康日本21には、WHOのヨーロッパ事務局の Health for All という構想や Healthy People という米国の計画が参考にされていると言われている(渡邊04)。
    これらの実践指針の個々の項目の基礎になる文献リストは、以下に挙げられている。
http://www.healthypeople.gov/Document/html/uih/uih_5.htm

参考文献

  • 渡邊昌、食事でがんは防げる、光文社、2004.
  • WHO European Regional Office, Health for All
  • McGaban Report, Dietry Goals for the United States, 1977.
  • National Academy of Science, Diet, Nutrition, Cancer, 1982.
  • Designer's Food: Designer's Food Pyramid, 1990.
  • Healthy People 2000, 1990.
  • Healthy People 2010, The Office of Disease Prevention and Health Promotion/ The Department of Health and Human Services, 2000. (http://www.healthypeople.gov/)
  • U.S. Department of Health and Human Services. Healthy People 2010: Understanding and Improving Health. 2nd ed. Washington, DC: U.S. Government Printing Office, November 2000.
  • World Cancer Research Fund/American Institute for Cancer Research. Food, Nutrition, Physical Activity, and the Prevention of Cancer: a Global Perspective. AICR, Washington DC , 2007.

疾病リスクの増大につながる行動

    予防的な視点から、疾病のリスクを増大するために、避けるべきとされているのは次のような要因である。これらは特定の疾患に対する予防危険性だけでなく、他の疾患についてもリスクを増大させると考えられている。

(1) 喫煙

    煙草の健康への影響については、早くから警告されていた。WHOでも取り上げているし、日本でも国立がんセンター疫学部部長の平山雄(たけし)が、疫学的な研究から間接喫煙の被害を明らかにして禁煙を呼びかけた(平山88)。国際的にも、がん対策から膨大な研究がなされている。WHO/IARCの報告書もある(IARC04)。現在は、公共の場では分煙から禁煙に移行している。科学的な根拠が挙がっているのに、嗜好品としての歴史が古いことと、国の財源になるなどの理由で、撲滅には至っていない。多少の早い遅いはあるが、この禁煙への動きは先進国に共通している。

参考文献

  • 平山雄、香川芳子、菜食・禁煙・がん予防―あなたの健康づくりはライフスタイルのバランスから、女子栄養大学出版部、 1988.
  • IARC monograph on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans, Volume83, Tobacco Smoke and Involuntary Smoking, 2004.

(2) 飲酒

    アルコールについても、脳への影響や新生児への影響など、さまざまなリスクが指摘されているが、禁酒ではなく、量の制限を呼びかける警告になっている。これも人類の歴史から見ると、煙草より歴史が古く、国の税収と文化の一部になっているため、完全にやめるということは難しい事情がある。ちなみ国の酒類研究所は財務省の管轄下にある。

(3) 塩分摂取

    塩は生命に必須であり、象などの野生動物も、長距離を移動して、洞窟の壁を舐めて塩分を補給するようなことも知られている。昔は塩は貴重品であったが、現代の我が国の生活では摂取過剰気味になっている。ヒトの集団において塩分の濃い食事が高血圧や循環器疾患(脳梗塞や脳卒中)を引き起こすことを明快に指摘したのが、すでに紹介した家森幸男らの仕事である(Yamori90 , Meneton05)。冷蔵庫の普及も、塩分の濃い保存食を摂る習慣を捨てさせるので、高血圧の低下につながったと言われている。
    後に述べるがん予防対策の中では、塩分摂取を抑えることが胃がんのリスクを低下させるとされている。

参考文献

  • Y.Yamori et al., International Cooperative Study on the Relationship Between Dietary Factors and Blood Pressure: A Report from the Cardiovascular Diseases and Alimentary Comparison (CARDIAC) Study, Journal of Cardiovascular Pharmacology, 16(Sup.8):S43-47, 1990.
  • Pierre Meneton et al., Links Between Dietary Salt Intake, Renal Salt Handling, Blood Pressure, and Cardiovascular Diseases, Physiol. Rev. 85: 679-715, 2005.

(4) 紫外線を浴びる

    万人が浴びており、必須のビタミンである、ビタミンDの生成に関わっている日光も、紫外線が強烈すぎると皮膚がんを誘発するとして、オーストラリアなどでは、がん対策の対象になっている。他の国でも、太陽光は発がんのリスクファクターだと見なされている。

(5) ストレス

    ストレスが万病のもとであることは、誰もが経験しているが、これを計量的の論ずることは難しい。ストレスの回避策も人によってさまざまである。

疾病リスクの低下につながる行動

(1) 適度な運動

    過度ではない、適切な運動をする。その理由として、過度な運動は活性酸素種ROSを発生させることになり、かえって健康によくない、という説もある。海女でも体(筋)力に優れた集団(輪島の海女)と、年をとっても働き続けられるスタミナのある集団(伊勢の海女)との違いは、近藤正二によって報告されている(近藤82)。スポーツ選手が必ずしも、その後の人生で健康や長寿でない例は少なくない。メタボリック症候群対策で脂肪を燃やす場合、多少息切れするぐらいのペースの歩行の方が、ランニングより効果があるという説もある。
    結局、「どのような運動をどのくらいすればよいか」について、根拠のある知見が必要なことを示している。エアロビクスのような明快なプログラムは少ない(Cooper68)。ゲノム解読後の研究には、例えば、脂肪細胞 adipokine を計測項目とした運動の評価法もある(You08)。また、米国の National Institute of Aging(NIA)では、老化防止の一般的な対策としての運動に関するガイドを発表している(NIA08)。
    メタボリック症候群を起点とする肥満、糖尿病、高血圧などの症状は、適切な運動指導で劇的に改善されることはよく知られている。このような場合は、効果の指標がはっきりしているので、計量化しやすく、いわゆる evidence が取りやすいと言える(例としては、Norris01)。

参考文献

  • 近藤正二、日本の長寿村・短命村、サンロード、1982.
  • Kenneth H. Cooper, aerobics, Bantam Books, 1968.
  • T. You, and B. J. Nicklas,Effects of Exercise on Adipokines and the Metabolic Syndrome, Current Diabetes Reports, 8:7–11, 2008.
  • National Institute of Aging, Exercise: A Guide from the National Institute on Aging, 2008.
  • S. L. Norris, M. M. Engelgau, K. M. Venkat Narayan, Effectiveness of Self-Management Training in Type 2 Diabetes: A systematic review of randomized controlled trials, Diabetes Care, 24(3):561-87, 2001.

(2) 野菜や果物類の摂取

    新鮮な野菜や果物類は、酵素や phytochemical に富んでいるので、抗加齢、免疫力の向上などの効果があるとする研究者は多い(例えば、)。米国では、疾病制御センター CDCが、野菜や果物を摂ることを呼びかけるプログラム The National Fruit & Vegetable Program を立ち上げ、それを後押しする 5Aday という野菜や果物類を摂る運動が、NPO団体である農産物健康増進基金(PBH)と米国国立がん研究所(NCI)との共同プロジェクトとして展開されている。このことによって、米国人の野菜や果物摂取が増え、がんの発症は低下していると言われている(渡邊04)。このプログラムでは、クルガーらの報告を根拠にあげている(Kruger08)。
    この協会の支部が日本にもある(ファイブ・ア・ディ協会 http://www.5aday.net/)。

参考文献

  • 本橋登、フルーツ秘密のパワー!、東京書籍、2003.
  • The National Fruit & Vegetable Program (http://www.fruitsandveggiesmatter.gov/index.html)
  • Produce for Better Health Foundation (http://www.fruitsandveggiesmorematters.org/)
  • Judy Kruger et al., Dietary Practices, Dining Out Behavior, and Physical Activity Correlates of Weight Loss Maintenance, Prev Chronic Dis. 5(1): A11, 2008.

がんの予防対策

    がん予防は、予防医学の中でも最も精力的に研究されてきた課題である。この課題については、膨大なデータが蓄積されている。当初、がんを食事で予防できるという考えは、少数派であったが、現在は、食事 diet ががん予防の最も基本的な対策であると認識されるようになっている。
    この種の報告としては、歴史的には Doleらのそれがよく知られている(Dole81)が、その後の進歩を踏まえ、現在、もっとも信頼に値すると言われている報告書は、米国がん研究協会と世界がん研究基金とが共同でまとめたものである(Glade99)。これは5000におよぶ膨大な文献調査を下敷きに、1997年に発表されたが、2007年に刊行された版はインターネットで入手可能である(World Cancer Research Fund/American Institute for Cancer Research07)。
     この報告書の第2版の予防行動指針 Recommendation は、21名の国際的な専門家の検討を経たものであるが、政府、メディア、学校など社会のさまざまな組織への協力の呼びかけも含まれている(Epstein03)。
    日本の国立がんセンターで提供しているがん予防対策も、米国がん研究協会と世界がん研究基金報告書の指針を参考にしている(渡邊昌04)。

参考文献

  • Doll, R. & Peto, R. The Causes of Cancer: Quantitative Estimates of Avoidable Risks of Cancer in the U.S. Today. J. Nat. Cancer Inst. 66:1191-1308, 1981.
  • Glade MJ. Food, nutrition, and the prevention of cancer: a global perspective. American Institute for Cancer Research/World Cancer Research Fund, American Institute for Cancer Research、Nutrition,15(6):523-6. 1999.
  • World Cancer Research Fund/American Institute for Cancer Research. Food, Nutrition, Physical Activity, and the Prevention of Cancer: a Global Perspective. AICR, Washington DC , 2007.
  • Samuel S. Epstein, THE STOP CANCER BEFORE IT STARTS CAMPAIGN How to Win the Losing War Against Cancer, The Cancer Prevention Coalition, 2003.
  • がんを防ぐための12ヵ条 更新日:2007年09月05日 (http://ganjoho.jp/public/pre_scr/prevention/prevention_12.html)
  • 日本人のためのがん予防法
    現状において推奨できる科学的根拠に基づくがん予防法(2009年02月25日) http://ganjoho.jp/public/pre_scr/prevention/evidence_based.html

メタボリック症候群の予防と対策

    メタボリック症候群は、高齢化社会に突入している、米国、ヨーロッパ、日本などの、いわゆる先進国で、大きな社会問題だと認識されている。メタボリック症候群は、肥満、糖尿病、高脂血症、高血圧などの疾患への入り口と考えられているので、その予防は、医療費抑制に直結する課題として、各国で重視している。日本ではいわゆるメタボリック症候群の予防対策として知られている。
    ヨーロッパでは、糖尿病や心血管疾患関連の学会が、実践的な対策情報を収集して、個々の患者の診断や治療に役立てるというような活動をしている(EASD07)。
    また、米国の Endotext.org は、米国の臨床内分泌学会 The American Association of Clinical Endocrinologists の協力をえて、メタボリック症候群についての臨床医のための基礎医学と臨床診療のための最新情報を公開している(Endotext)。
    また、米国の心臓病学会も糖尿病の食事療法を解説している(American Heart Association)。 メタボリック症候群の改善を目的とした生活様式の工夫としては、食事、運動が柱になると考えられてきたが、最近はこれに睡眠が加わるようになってきた (Schroeder07, Janiszewski08)。この他に、「ソファに座って物を食べながらテレビを見る、Couch & Potato」ことをやめる、というような方策も挙げられている (Gao07,Riccardi00)。
    興味深いことは、東洋の伝承医学で体によいとされてきた朝鮮人参、にがうりなどの成分の中に核内受容体への結合能が見出されていることである(Huang05)。また、インドの伝統であるアーユルベータで糖尿病治療に効能があるとされてきた木の成分に、核内受容体に結合する化合物、Guggulsterone が見出されている(Patwardhan05)。これらの知見は、伝承医学の裏づけとなる分子生物医学の根拠が示唆されたことを意味する。

参考文献

  • The Task Force on Diabetes and Cardiovascular Diseases of the European Society of Cardiology (ESC) and of the European Association for the Study of Diabetes (EASD), Guidelines on diabetes, pre-diabetes, and cardiovascular diseases: full text, Eur. Heart J. Suppl., June 1, 2007; 9 (suppl_C): C3 - C74. (http://eurheartjsupp.oxfordjournals.org/cgi/content/extract/9/suppl_C/C3).
  • Gabriele Riccardi and A. A. Rivellese, Dietary treatment of the metabolic syndrome — the optimal diet, Br J Nutr, 83 (Suppl 1):S143-S148, 2000.
  • Endotext.org(http://www.endotext.com/)
  • American Heart Association: Metabolic Syndrome (http://www.americanheart.org/presenter.jhtml?identifier=4756)
  • Steven A. Schroeder, We Can Do Better — Improving the Health of the American People, The New England Journal of Medicine, 357:1221-1228, 2007.
  • Peter M. Janiszewski, Themed Review: Lifestyle Treatment of the Metabolic Syndrome, American Journal of Lifestyle Medicine, Vol. 2, No. 2, 99-108, 2008.
  • Xiang Gao et al., Television Viewing Is Associated With Prevalence of Metabolic Syndrome in Hispanic Elders, Diabetes Care 30:694-700, 2007. (http://care.diabetesjournals.org/cgi/content/full/30/3/694)
  • T. H.-W. Huang et al., B, Herbal or Natural Medicines as Modulators of Peroxisome Proliferator-Activated Receptors and Related Nuclear Receptors for Therapy of Metabolic Syndrome, Basic Clinical Pharmacology Toxicology, 96(1): 3-14, 2005.
  • B. Patwardhan et al., Ayurveda and Traditional Chinese Medicine, A Comparative Overview, Evid. Based Complement. Altern. Med. 2:465-473, 2005.

循環器疾患の予防

    循環器疾患では、とくに欧米で、冠動脈疾患への関心が高い。とくに大規模な疫学研究として有名なのは、米国の The Framingham Study である(Dawber50, Levy05)。ただ、こうした大規模長期の疫学研究でも、疾病のメカニズムや明確なリスクファクターは把握できていない。
    循環器系疾患で怖れられているのは、脳梗塞と脳卒中でるが、それには高血圧が深く関わっている。家森らは、BMIが高血圧のリスクファクターであることや、尿中のナトリウム量が血圧と相関していることなどを見出している(Yamori90)。ヒトの集団において、塩分の濃い食事が高血圧や循環器疾患を引き起こすという考えは確立されたと言ってよい(Yamori90, Meneton05)。
    米国では規制の対象になっているトランス脂肪酸の循環器疾患の影響については、多くの報告がある(例えば、Clarke06)。

参考文献

  • Thomas R. Dawber, M.D., Gilcin F. Meadors, M.D., M.P.H., and Felix E. Moore, Jr., National Heart Institute, National Institues of Health, Public Health Service, Federal Security Agensy, Washington, D. C., Epidemiological Approaches to Heart Disease: The Framingham Study Presented at a Joint Session of the Epidemiology, Health Officers, Medical Care, and Statistics Sections of the American Public Health Association, at the Seventy-eighth Annual Meeting in St. Louis, Mo., November 3, 1950.
  • Daniel Levy and Susan Brink. (2005). A Change of Heart: How the People of Framingham, Massachusetts, Helped Unravel the Mysteries of Cardiovascular Disease. JAMA. 293:1798-1799, 2005.
  • Y.Yamori et al., International Cooperative Study on the Relationship Between Dietary Factors and Blood Pressure: A Report from the Cardiovascular Diseases and Alimentary Comparison (CARDIAC) Study, Journal of Cardiovascular Pharmacology, 16(Sup.8):S43-47, 1990.
  • Pierre Meneton et al., Links Between Dietary Salt Intake, Renal Salt Handling, Blood Pressure, and Cardiovascular Diseases, Physiol. Rev. 85: 679-715, 2005.
  • Robert Clarke, Sarah Lewington, Trans fatty acids and coronary heart disease, BMJ. 333(7561): 214, 2006.

疾患予防と健康のための食事

    個人が、自分あるいは家庭でできる疾病予防の最も取り組みやすい対策は、食事を工夫することである。実際、上で述べたように、がん、メタボリック症候群、糖尿病、高血圧、脳血管障害などの対策としては、食事が重要な役割を果たしている。すでに症状が起きていたり、病気と判断されたりしている場合は、カロリー制限、減塩、糖質制限など、目的を絞った対策が採られる。そうでない場合としては、特定の疾患の改善を目的としない、健康を維持するための食事が推薦される。世界から見ると、日本食、沖縄食などは、Healthy Diet そのものであるが、日本の中では、栄養学的な視点から食事の指導が行われてきた。以下では、普及している食事と新しく注目されている食事法を紹介する(渡邊04)。

(1) 香川式四群点数法

    言うまでもなく、食は文化である。1960年代の後半から始まった日本の高度経済成長は、1970年代に入っても継続されており、食生活も豊かになった。そこで女子栄養大学の創立者である香川綾によって提唱されたのが、「香川式四群点数法」という食事法である。
    この考えの要点は、「食べるものを、4種類に分類し、毎回の食事は、それらをバランスよく組み合わせ、カロリーとしては、1800カロリーの摂取を目標とする」というものである(http://www.co-4gun.eiyo.ac.jp/KNUmethod/4gun-TOP.html)。その1群とは、牛乳、乳製品、卵などである。第2群は、魚、肉、大豆など、つまりはタンパク質を多く含む食品である。第3群は、芋、野菜、果物など、植物性の繊維を含んだ食品である。最後の第4群は、穀類、油脂、砂糖などである。これは炭水化物と脂肪などのエネルギー源になる食物である。香川式では、80カロリーを1点と数え、一日の必要量を20点と算出している。
    この方法の根底には、「比較、あるいは交換可能」、ないし「等価」という概念がある。例えばある食材が入手できない場合は、他の食材で代替することができる。したがって、実行しやすいという利点がある。
    この食事法の原点は、昭和初期の「主食は胚芽米、おかずは魚1豆1野菜4」であった。香川は、戦後、栄養事情が極端に悪い時期に、学校の給食に牛乳(脱脂粉乳)をとるように働きかけ、児童の発育、体力づくりに大きな貢献をしている。

(2) 食事療法

    東洋医学では、医食同源と言われる。食事が疾患の予防に重要だということは、がん予防では、すでに確立された実践指針になっている。このことは、がん予防の項ですでに紹介している。積極的に食事療法によって、がんを始めとするさまざまな病気の予防や症状を改善するという実践指針が、WHOから出されている(WHO)。
    現在、我が国では、手術、化学療法(抗がん剤)、放射線の3つの方法以外の対処法でがんを「克服する」方法が、幾人かの医師によって啓蒙されている。そこで推奨されている重要な実践指針は、食事である。がんを食事で治すという方法の著名な提唱者は、ゲルソン Gerson である(Gerson58, Gerson01)。この方法に関しては、臨床経験の豊かな消化器系の外科医の幾人かが参考になるという説をだしている。その要点は、腸の状態を整え、腸管免疫機能を高めることで、がんへの抵抗性を持たせるという考えである。そこでは好転した事例が多数紹介されているが、ゲルソンの対処法については、国立がんセンター、米国がん学会などの公的研究機関が危険性を指摘しており、FDAも承認 approved してはいないと注意している(Questions and Answers About the Gerson Therapy)。

参考文献

  • 渡邊昌、食事でがんは防げる、光文社、2004.
  • World Cancer Research Fund/American Institute for Cancer Research. Food, Nutrition, Physical Activity, and the Prevention of Cancer: a Global Perspective. AICR, Washington DC, 2007.
  • WHO technical report series 916. Diet, nutrition and the prevention of chronic diseases, 2003.
  • Max Gerson, A Cancer Therapy: Results of Fifty Cases and the Cure of Advanced Cancer, Gerson Inst; 6th edition, 1958.(マックス・ゲルソン、村 光一訳、ガン食事療法全書、徳間書店, 1989)
  • Charlotte Gerson, Morton Walker, The Gerson Therapy: The Amazing Nutritional Program for Cancer and Other Illnesses, Kensington Pub Corp, 2001.
  • Questions and Answers About the Gerson Therapy (http://www.cancer.gov/cancertopics/pdq/cam/gerson/patient/16.cdr#Section_16)

(3) カロリー制限法

    新に注目されているのは、カロリーを通常の7割程度に制限する食事法である。カロリー制限 calorie restriction は、酵母から、線虫、ハエ、マウス、サルなど、幅広い動物種に共通に見出された長寿をもたらす食事法である(Fontana07)。カロリー制限は、メタボリック症候群対策や、糖尿病においても第1に挙げられている方策である。問題はその実行が難しいことである。食事の内容を毎回細かく記載するというような方法を助ける商品も開発されているが、直裁的に、カロリー制限の実行を支援しようというのが、米国のカロリー制限協会 Calorie Restriction Society である。
    カロリー制限類似効果のある(calorie restriction mimicな)化合物として知られるようになったのが赤ワインに含まれているレスベラトロール resveratrol である(Bauer06)。ただし、これはもちろん動物で確認された知見であり、人の場合の実験データはないので、寿命の延長よりは、健康への効果が期待されているにとどまっている。

参考文献

  • L. Fontana, S. Klein, Aging, Adiposity, and Calorie Restriction, JAMA. 297:986-994, 2007. (Full text: http://jama.ama-assn.org/cgi/content/full/297/9/986)
  • Calorie Restriction Society (http://nutribase.com/crsociety.shtml)
  • J. A. Baur et al., Resveratrol improves health and survival of mice on a high-calorie diet, Nature, 444: 337-342, 2006.

(4) 果物、野菜、食物繊維、水

    がん予防では、これらの食物をよく摂ることが推奨されている。ただしその効果はまだ十分解明されていない。おそらく酵素やファイトケミカル phytochemicals の作用と、繊維のもつ腸への効果であろうと推察されている。
    最近は、こうした食事が自然免疫力の増強をもたらすという考えが、臨床経験のある医師によっても提唱されているが、人の大規模な集団を対象にした臨床疫学、あるいはEBMの視点に立った報告とは言い難い。

(5) 生活習慣としての早寝早起き

    睡眠のところでも紹介したように、睡眠パターンが健康や病気と関係しているという報告が多くなっており、良質の睡眠をとることは、肥満の予防になると考えられるようになっている。また、子供や青少年の睡眠パターンの精神的な発達や学力、生活態度などへの影響が確認されるようになった。すでに、これらの研究成果を基礎として、子供の早寝早起きを奨励する運動も展開されている(子供の早起きをすすめる会)。早起きの効用については、香川に詳しく紹介されている(香川07/09)。
    良質な睡眠パターンと早起きは、成人のうつ病の予防などにも効果があると示唆されている(有田)。

参考文献

  • 瀬川昌也、人の情緒精神活動の発達と高次脳機能、科学、302-308、2002.
  • 香川靖雄、科学が証明する 新・朝食の進め、女子栄養大学出版部、2007.
  • 香川靖雄他、時間栄養学―時計遺伝子と食事のリズム、女子栄養大学出版部、2009.
  • 有田秀穂、リズム運動はセロトニン神経を元気にする (http://www.hayaoki.jp/gakumon/gakumon_arita.cfm)
  • 子供の早起きをすすめる会 (http://www.hayaoki.jp/gakumon/gakumon.cfm)

効果とリスクの根拠がまだ十分明確でない対策

    現在、健康に関しては、多種多様な実践指針が単行本や雑誌によって巷に氾濫している。それらの中には、荒唐無稽と言えるものもあるが、経験を積んだ現役の臨床家が、実践を踏まえて推奨している方法も少なくない。残念ながら、その多くは、EBMとしての視点から見ると、根拠が不十分のように見える。
    その一つが、腸の免疫力を高める食事療法である。自然免疫の機構や腸内細菌叢の研究が進展するにつれ、腸管免疫機能を高めることが、病気の予防に重要だという認識が広がっている。こうした知見と、がんの予防や健康的な食事として推奨されている野菜、果物、食物繊維を多量に摂取するということが、どのような関係にあるのかは、健康食品企業でも興味深い研究課題になっている。
    もう一つは、ファイトケミカルとくに、エストロゲン様の成分であるイソフラボンの役割である。果たしてこれらが単独で働いているのか、複合的に働いているか、どのような用量応答性をもっているのかは、極めて興味深い研究課題である。イソフラボンは、大豆に含まれ、味噌や豆腐として日本人には日常的に摂取されている。このことと関係があるのは、Hormone Replacement Therapy (HRT) の乳がんリスクの問題である。
    米国では、閉経女性を対象としたホルモン補充療法HRTが非常に普及していたが、2002年にNIHが主導したHRTに関する大規模な調査研究、Women's Health Initiative の中間報告が発表され、その中で乳がんリスクの高まることが指摘された(JAMA02)ことで、一般の療法としては激減した。それ以後、HRTは一般の閉経女性ではなく、症状の顕著な患者のみに限定して使われるようになっている。このような警戒は、大豆に含まれるイソフラボン isoflavones のような、HRTに類似した健康食品やサプリメントを摂取することにも広がっている。後者は医師の処方によるわけではないが、抗加齢などで人気の対処法である。
    この他に、人気のあるお茶の効用についても、根拠はまだ十分とは言えない。有力なのは、エピガロカテキンガレート epigallocatechin gallate (EGCG) の効能であるが、これについてもまだ決め手になってはいない(Kuriyama06、Hooper08、Naganuma09)。
    通常の食事や、各種の健康食品、サプリメントを含め、自己責任で行える健康生活、病気の予防と改善の柱は、やはり食であろう。食の管理は、すでにがん予防、メタボリック症候群、肥満、糖尿病、高血圧、脳血管系疾患などの予防や改善に大きな役割を果たしうると結論されている。
    現在実践の立場から、食の科学で関心が高いのは、ファイトケミカル、腸内細菌叢の役割、腸管免疫などであるが、予防と改善の視点からは、アルツハイマー疾患のような神経変性症や免疫機能強化がある。この2つに共通しているのが、炎症である。炎症と自然免疫系とが、どのように相互作用しいるかも、興味深い研究課題になっている。そこで浮上してくるのは、抗炎症が期待される食事療法である。
    食物で言えば、NF-κB経路に作用することがわかっている、クルクミンのような成分が関係していると思われるが、こうした成分とファイトケミカルや腸内細菌叢や自然免疫系と神経系などが、どのように作用しあうのかは、興味深い研究課題である。また、うつ病と腸内環境がどのように関係しているかなどについての研究も期待される。
    現状では、あるいはEBMの視点からすれば、根拠が薄いと思われる説に対してどう対処すべきかは、難しい問題であるが、軍隊の脚気の原因と対策をめぐる我が国の経験は教訓となる。よく知られているように、それは、脚気の原因は食事にありとして、精白米に代わって麦を食べさせるべきと主張した海軍の軍医、高木兼寛と、脚気の原因は細菌だとして白米を変えなかった陸軍の軍医、森林太郎(鴎外)との対立であった、とされる。結果としては、麦飯を配給された海軍の兵隊の脚気は減った。結果として高木の主張した実践法(対策)は、効果を挙げたが、その根拠は実は誤っていた。なぜなら、彼が主張した対策の根拠となる考えは、「脚気はタンパク質不足で起こり、精米は、米のタンパク質を捨て去り、炭水化物を残す。麦にはタンパク質が多く、炭水化物が少ない」というものであったからだ(松田06)。脚気の原因は精米で捨てられるビタミンB1の不足とは、後の科学の成果である。
    実践においては、実践の第一線にある専門家の勘が働くことが少なくない。ただし、犯罪捜査と同じで、彼らは往々経験に邪魔されて、客観的な判断能力を失っていることがある。それを補うのが科学的な調査法である。この意味では、EBMが欠けている実践法が必ずしも誤りとは言えないし、また、効果を挙げている実践法でも根拠が誤っているものはありうる。
    重要なことは、科学的な研究を積み重ねていくことである。

参考文献

  • Women's Health Initiative Investigators, Risks and Benefits of Estorgen Plus Progestin in Healthy Postmenopausal Women, JAMA, 288(3): 321-333, 2002.
  • J.Rymer, R. Wilson, K. Ballard, Making decisions about hormone replacement therapy, British Medical Journal, 326: 322-326, 2003.
  • N. Panay, M. Rees, Alternative to hormone replacement therapy for management of menopause symptoms, 15: 259-266, 2005.
  • J. H. Morrison et al., Estrogen, Menopause, and the Aging Brain: How Basic Neuroscience Can Inform Hormone Therapy in Women, The Journal of Nueroscience,26(41): 10332-10348, 2006.
  • 松田誠、高木兼寛の脚気栄養説についての一、二の問題、慈恵医大誌、121: 315-321, 2006.

個人ごとの健康法

    健康法や予防法は、余りに多様であるから、自分が選択した対処法を評価するのは、結局自分自身ということになる。その場合、いくつかのことが考えられる。まず考えられるのが、体質、つまりは個人の遺伝的な特性である。例えば、食品アレルギーなどが最も顕著な例である。ゲノム解読が進んでからは、薬への応答も遺伝的な特性を考慮するようになってきた。それがファーマコジェノミックス PGx であるが、同じような考えは、食事についても言えるし、サプリメントや他の健康法についても言える。これが個人ごとの健康法 Personalized Health の考えである(Milner08)。
    この考えは、ホルモン補充療法 Hormone Replacement Therapy(HRT) にも適用されうる。例えば、もし女性の乳がんリスクを計る精度のよい検査法が開発されたなら、HRTを受けるべきか否かの判断に使われるようになるだろう。
    薬への応答ほど明瞭ではなくとも、さまざまな健康法ごとに、それらが特定の個人に向くか向かないかを、客観的に判断できるようになるのが理想である。科学の現状がそうした状況からは程遠いとすれば、個人ができることは、自らの感性を磨いて、自分にあっているか否かの判断を自分で下せるように訓練することであろう。
    おそらくこうした感性は、現代人より昔の人間の方が鋭敏であったろう。なぜなら、それが鈍かった場合、命を失う可能性が高かったからだ。例えば何かの嗜好品が、体に良い悪いかの判断をする場合、断食をしてみると、正しい判断ができるように、感性が回復すると考えられる。なぜなら、一般に現代に生きている我々の感性は、環境と習慣で、何重にも曇らされているからだ。もちろん個人によって違いはあるが、断食には、おそらくそうした曇りを払う効果があるのだろう。
    もうひとつ、健康法のEBMについては、適切な用量の同定という大きな問題がある。現在、注目されている ホルメシス Hormesis の考えが正しいとすれば、毒と薬は量次第ということになる。こうなると「何々は体に良い」というのは不十分で、「何々をどのくらい摂取したら体によいか?」を明らかにしなければならない。これは、「かくかくの化学物質は危険だから、禁止しよう」ということより、はるかに難しい問題である。
    よいものでも摂り過ぎると悪い作用を及ぼすことは、カロリー制限による寿命の延長で明確に証明されていると言える。また、良いか悪いかも、究極において個人の問題であることも、そば、小麦、キウイなどへのアレルギーを呈する人がいることを考えれば、明らかである。この意味で、健康科学の未来の課題は、個人個人にあった健康法を見つけていくことであろう。

参考文献

  • J.A. Milner, Nutrition and cancer: Essential elements for a roadmap Cancer Letters, Volume 269, Issue 2, 8 October 2008, Pages 189-198

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