科学、とくに生物医学の急速な進歩に較べると、それを保健や医療の実践サービスに反映させる仕組みづくりは、ずっと難しく、また遅れ気味である。例えば、毎日の食卓にのる食品成分の中に、明白な薬効があるものが認められたとしても、それを表示 claim することは薬事法によってできないことになっている。こうした健康表示 health claim の問題は、科学と行政との溝を示すものであるが、それを埋めるのは結局、国民の認識と行動にならざるをえない。
生物医学の研究は、ゲノム解読計画が始まった1990年代からさらに加速されてきた。その進歩を支えているのは、米国、欧州、日本などの先進国の公的な研究費である。ゆえに政府は、公的な研究費の成果は、国民の健康や医療サービスの向上に結びつける義務を税金の支払い者 taxpayer に対して負っていると考えている。だから公的な研究費の支援を受けた研究の成果は、インターネット上に公開され、誰でも利用できるようにすべきだという認識が広がっており、実践もされている。
しかし生命科学の研究対象の拡大と進歩は、余りに急激であるがゆえに、その成果を国民あるいは一般に公開し、有効に活用する仕組みづくりは常に遅れ気味である。例えば、医療費の高騰は先進各国政府の共通の悩みであるが、生命科学の進歩はそれを軽減するよりも、増大させる要因になっている。生命科学の成果を社会の要請に合致させるためには、新しい仕組みづくりが必要である。すなわち、研究、ビジネス、非営利組織(NPO)など、幅広い活動と組織における見直しと変革 innovation が必要である。
こうした Innovation の踏み台となるのが、生命科学の研究成果を、わかりやすくまた利用しやすく伝達する仕組みである。そうした媒体 media としては、科学的な啓蒙の本や雑誌、新聞の科学欄、テレビの科学番組、健康や医療をテーマとした実践情報を提供している雑誌、単行本などが存在している。だが、いずれも生命科学の領域拡大と進歩にはついていけなくなってきている。市民あるいは Public への健康情報の提供については、信頼がおけるということが基本になる。それは根拠 evidence がある、という意味であるが、すでに見てきたように、科学的な根拠を検証することはとても難しく費用も掛かる。したがってまずは公的機関に期待することになる。
こうした視点から例として挙げられるのは、米国の次のサイトである。
などが、入り口となる。(1)と(2)は、化学物質、医薬品、食品の安全性や効能に関するもっとも信頼のおける情報を提供している基本サイトである。(3)は、治療法に関する国際的な規準を意識した国の情報提供事業である。
この他に厚生労働省、国立感染症研究所、国立がんセンターなども、健康や医療に関するよい情報源になっている。国ではないが、東京健康安全研究センターで開発している疾病動向予測システム、SAGEは、人口動態調査などをもとに、我が国の各種の疾病の総数を、死因をもとに、年代と年齢を基本軸に図にしたもので、疾病の時代推移や予測、世代毎の病気が視覚化されていて便利である。
残念ながら現在のところ、生命科学の最新情報はほとんど英語で発信されている。だから英語情報に違和感がなければ、一般の人でも最新の生物医学情報を入手することが可能な状況になっているが、日本語で提供されている情報だけに限れば量も質も、まだ不十分だと言わざるをえない。また公的な情報以外に、患者や医療サービスの受け手の視点からの情報も必要である。さらに、経済的な理由で研究や薬が開発されていない患者が少ない珍しい疾患 rare/neglected disease や希少薬 orphan drug などの研究開発を、産学連係 public-private partnership で開発することを促進する、というような事業も重要である。したがって、公的な情報的事業とは相補的な、NPO/NGO的な組織による情報提供事業も必要とされるだろう。
ただし、後者による情報提供に付随する問題は、情報の信頼性である。国が規制している医薬品や医療行為については、情報提供の規範があるが、さまざまなダイエット法、サプリメント品、運動や修行法になると、真偽の判断が難しいものや、詐欺的な情報も少なくないため、情報提供事業は極めて難しいものになる。そうした困難をどう乗り越えるかが、こうした事業展開のカギになると思われる。海外を見ると、すでにウエブ情報の信頼性の検証や、信頼性を保証するような仕組みが提案されている(例えば、Risk01, HON)。
我が国では、患者の立場で情報を交換したり(ディペックス・ジャパン)、患者の立場で医学教科書を作成したりする(酒巻09)試みが始まっている。このような活動はさらに活発になるだろう。また、患者や医療サービスの顧客の立場での情報収集も容易になってくるだろう(北澤09 )。
すでに紹介したが、一般の人(消費者)のための予防医学や健康情報提供サイトとしては、坪野のサイトがある(Tsubono)。
サイト名 | URL/詳細 |
American Heart Association: Metabolic Syndrome | 米国の心臓病学会サイト上の生活習慣病の情報ページ |
http://www.americanheart.org/presenter.jhtml?identifier=4756 | |
Calorie Restriction Society | 米国のカロリー制限協会、カロリー・リストリクションを推奨している |
http://nutribase.com/crsociety.shtml | |
Chinese Herbal Medicine | 漢方薬と鍼治療に関する情報を提供 |
http://www.acupuncturehemelhempstead.com/chineseremedies.html | |
Endotext.org | 臨床内分泌学の情報を公開している |
http://www.endotext.com/ | |
Health for All | 米国の、低所得層に向け予防医学のための無料のコミュニティーサイト |
http://www.hlth4all.org/ | |
Health Information for the Public | 疾病別のトピックを提供したり、健康に関する情報を提供している |
http://www2.niddk.nih.gov/ | |
Healthy People 2010 | 米国厚生省が提唱する、個人の生活習慣の改善による健康を目的とする計画 |
http://www.healthypeople.gov/ | |
Herbs at a Glance | 薬用植物の簡易なオンライン辞書 |
http://nccam.nih.gov/health/herbsataglance.htm | |
Herbs, Botanicals & Other Products | 統合医療の立場から、薬草Herb, サプリメント、植物成分、その他のEBMの視点からの情報を提供 |
http://www.mskcc.org/mskcc/html/11915.cfm | |
IPCS (International Program on Chemical Safety) | 化学物質のヒトに対する影響の情報公開、評価、対策を進めるための国際的な協力計画 |
http://www.who.int/ipcs/en/ | |
IPCS(国際化学物質安全性計画)文書 日本語版 | 化学物質のヒトに対する影響の情報公開、評価、対策を進めるための国際的な協力計画(日本語版) |
http://www.nihs.go.jp/kanren/kagaku.html | |
MedlinePlus | 健康情報を無料で提供するサイト |
http://medlineplus.gov/ | |
National Network of Libraries of Medicine (NN/LM) Health Information on the Web | 米国国立医学図書館の医療健康情報ページへのリンク一覧 |
http://nnlm.gov/hip/#A2 | |
PatientsLikeMe | depression(うつ病)など、種々の疾病の患者への情報を公開している |
http://www.patientslikeme.com/ | |
Produce for Better Health Foundation | 「The National Fruit & Vegetable Program健康のためにもっと野菜や果物を摂ろう」スローガン提唱の機関 |
http://www.fruitsandveggiesmorematters.org/ | |
Questions and Answers About the Gerson Therapy | 米国がん研による、ゲルソン治療に関するQ&A集 |
http://www.cancer.gov/cancertopics/pdq/cam/gerson/patient/16.cdr#Section_16 | |
SAGE(疾病動向予測システム) | 東京健康安全研究センターで開発している、疾病の状況把握と将来予測を目的としているシステム |
http://www.tokyo-eiken.go.jp/SAGE/sage-j.html | |
The Health On the Net Foundation (HON) | 信頼おける健康情報の提供を目的としたサイト |
http://www.hon.ch/home1.html | |
The Merck Manuals Online Medical Library | メルク社が無償で提供しているオンライン版家庭医学書 |
http://www.merck.com/mmpe/index.html | |
The National Fruit & Vegetable Program | 米国で、「ファイブ・ア・デイ(5 A Day)」運動の後に提唱された、「健康のためにもっと野菜や果物を摂ろう」というスローガン |
http://www.fruitsandveggiesmatter.gov/ | |
セルフメディケーション推進協議会(SMAC) | 健康・医療・福祉等の推進をすすめるNPO団体で、講演会、出版、ネットで情報発信を行っている |
http://www.self-medication.ne.jp/smac/02/ | |
ディペックス・ジャパン | 英国オックスフォード大学のDIPExを基に日本版の「健康と病いの語り」をデータベース化し、活用するためのNPOサイト |
http://www.dipex-j.org/ | |
ファイブ・ア・ディ協会 | 米国で始まった、生活習慣病予防のために一日5-9サービングの野菜を食べようという運動が元になり、日本でも設立された機関 |
http://www.5aday.net/ | |
メルクマニュアル新家庭版 | メルク社が無償で提供しているオンライン版家庭医学書 |
http://mmh.banyu.co.jp/mmhe2j/index.html | |
厚生労働省保健医療局の健康日本21 | 「21世紀における国民健康づくり運動」のこと、2000年に厚生省(当時)により始められた国民の健康づくり運動で、生活習慣病の予防を主目的としている |
http://www.kenkounippon21.gr.jp/ | |
香川式四群点数法 | 女子栄養大学の創立者・香川綾がバランスのよい食事法として考案した食品の分類法 |
http://www.co-4gun.eiyo.ac.jp/KNUmethod/4gun-TOP.html | |
国立がんセンター:がん予防のための12条 | 国立がんセンターの提唱するがん予防のための12条 |
http://ganjoho.jp/public/pre_scr/prevention/prevention_12.html | |
国立がんセンター:日本人のためのがん予防法 | 国立がんセンターの提唱する現状において推奨できる科学的根拠に基づくがん予防法 |
http://ganjoho.jp/public/pre_scr/prevention/evidence_based.html | |
国立医薬品食品衛生研究所 | 医薬品や食品を含む生活環境上の化学物質について、品質・安全性・有効性を正しく評価するための試験・研究や調査を行う公的機関 |
http://www.nihs.go.jp/index-j.html | |
国立健康栄養研究所 | 公衆衛生の向上及び増進を図る公的機関 |
http://www.nih.go.jp/eiken/ | |
子供の早起きをすすめる会 | 発達神経科学を基礎に「子どもの早起き」を推進する会で講演会活動を行っている |
http://www.hayaoki.jp/index.cfm | |
(財)日本医療機能評価機構 医療情報サービス Minds(マインズ) | 各種の医療情報の提供により、国民が質の高い医療を受けられることを目的としている |
http://minds.jcqhc.or.jp/ |