山田養蜂場運営の研究拠点「みつばち健康科学研究所」が発信する、情報サイトです。ミツバチの恵み、自然の恵みについて、予防医学と環境共生の視点から研究を進めています。

山田英生対談録
予防医学 ~病気にならないために~

第一回「医師が糖尿病になった 糖尿病体験記-1」

高い血糖値にショック

山田

先生は、病理学に20年、疫学、栄養学にそれぞれ10年と、これまで異分野にわたり、第一線で活躍してこられました。特に国立がんセンター(現国立がん研究センター)では、がんの専門医として、また疫学部長として多くの患者さんに、がんをはじめとする生活習慣病の予防の大切さを説いてこられたわけですが、その先生ご自身が生活習慣病の代表的な疾病である糖尿病になられ、ご自分でもたいへん驚かれたのではないでしょうか。

渡邊

驚いたというより、まさに「青天の霹靂」という言葉がピッタリの衝撃でした。忘れもしません、あれは、私が53歳の夏でした。学会で京都に行き、夜、泊まったホテルで風呂上りに何気なく乗った体重計を覗くと、いつも77kgあった体重が 72kgしかありません。「あれ、この秤、どこか壊れているんじゃないかな」と不思議に思って、胸の筋肉に手をやると、どことなく張りがありません。お尻を触ってみても、筋肉が崩れるように落ちているのが分かりました。 ふつう、体重が急に減ると、まず医師が疑うのは、がんであり、しかも元気な中高年を突然襲うのは、すい臓がんの可能性が高いと考えます。さすがに、この時は最悪の事態さえ想定しました。

山田

それは、ショックですよね。50歳代前半の働き盛り。仕事の面でも、もっとも脂が乗っている時ですから。それで、どうなさったのですか。

渡邊

東京に戻って、さっそく、勤務先であるがんセンターの医師の診断を受けたのです。それまで、医師でありながら検査らしい検査は受けたことがほとんどなかったのです。「医者の不養生」、「紺屋の白袴」とは、このことを言うのでしょう。それで、CTとか腫瘍マーカー検査など細部にわたって検査を受けました。その結果、幸いにもがんではありませんでしたが、糖尿病であることが判明しました。 しかも、その数値が半端ではなく、空腹時血糖値が血液100ml当たり260mg(正常値は110㎎未満)、過去1~2カ月の血糖値がわかるヘモグロビン A1Cが12.8%(正常値は5.2%以内)と、完全な糖尿病でした。しかも、血圧、中性脂肪、LDLコレステロールと、どの値をとっても正常値よりも高く、脂肪肝も併発してました。自分自身、「この状態ではあと10年も、もたないだろうな」と覚悟を決めました。

食事と運動で治療へ

山田

完全なメタボリックシンドロームでもあったのですね。それで、担当の医師は、治療法についてどのように説明されたのですか。

渡邊

「数値も高く、このまま放っておけば重症の糖尿病になりますよ」と半ば同情的に警告を発しました。医師は、治療法としては「食事と運動による治療」と「薬物による治療」があると言いました。 私の場合は、合併症も出ている重度の糖尿病なので「インシュリンによる薬物療法」を勧められました。私も医師の一人ですが、医師というのは、自分の専門分野以外の知識については、意外と疎いものです。私の専門は、がんの研究であり、恥ずかしい話、糖尿病については、ほとんど専門的な知識は、持ち合わせてはいませんでしたね。

山田

もちろん、私たち一般人となると、治療法など糖尿病の専門的な知識を持っている人は一部の限られた人だけでしょう。だから、治療法の選択に当たっては、医師の言葉を信じざるを得ません。医師に言われるままに治療法を選ぶのが普通ではないでしょうか。先生の場合、なぜ、薬による治療でなくて、食事と運動による治療を選ばれたのですか。

渡邊

糖尿病の薬は、場合によっては低血糖に陥るなどの副作用の心配もあり、特にインシュリン注射は、最終的な治療法の一つで、受けようと思えばいつでも受けられると考えていました。 それに、当時私は、がんセンターの疫学部長として生活習慣の改善による病気予防の重要性を説いていた手前、実際、自分で食事や運動など、生活習慣を変えることによってどこまで糖尿病を克服できるか、という医師としての好奇心もありました。糖尿病になったとはいえ、すぐに死ぬわけではありません。薬は使わずに食事と運動で行けるところまで行こう、と思ったのです。

過食、運動不足が原因

山田

なるほど、ご自分の身体を実験台にした闘病宣言ですね。糖尿病には、Ⅰ型とⅡ型がありますが、日本人に多いⅡ型糖尿病の原因は、主に遺伝的要因に加え、過食や運動不足などの生活習慣の乱れ、過剰なストレスなどが重なって発症すると言われています。先生の場合は、いかがでしたか。

渡邊

私の場合は、生活習慣病としてのⅡ型ですが、家系には糖尿病の者は誰一人おりませんでしたので、過食や運動不足など日頃の私自身の生活習慣の乱れが引き金となった面は、否定できないでしょう。 当時、勤務していたがんセンターは、都心の築地にあり、魚市場が近く、少し足を延ばせば銀座にも歩いて行けるし、おいしい店やしゃれた店がたくさんありました。元々、おいしい物に目がない私は、同僚や部下を誘っては、よく昼食や夕食を食べに出かけ、お酒もたくさん飲みました。また、多忙のため、ゆっくり食べる暇がなく、食事は仕事の合間に朝、昼、晩と5分ぐらいでかきこむような、慌しいものでした。食事時間も不規則で、気がつけば1日に4、5回も食事を取ることも珍しくありませんでした。また、多忙をいいことに、運動もほとんどしませんでした。こうした生活を長年続けていれば当然、肥満にもなりますよね。

仕事に集中、 疲労感なし

山田

糖尿病と診断されるまでに自覚症状は、なかったのですか。

渡邊

それが、これといってありませんでしたね。初期の段階で、自覚症状がないのがこの病気の特徴で、何らかの症状が現れるのは、空腹時の血糖値が300mg近くになってからです。でも、私自身、糖尿病と宣告される数年前から体がだるい、肩が凝る、目が疲れるなどの不定愁訴が徐々に出てきました。免疫能が落ちてきたのか風邪も引きやすくなり、頑固な水虫も一向によくなりませんでした。 今、思えばこうした身体の不調が、自覚症状だったのかも知れません。でも、30代、40代の頃は、まだ若く身体も元気でしょう。それに仕事がおもしろく、責任感もあって、ひたすら、「仕事、仕事」と、寝る暇も惜しんで仕事に精を出していました。それでも、気が張っているせいか、疲労感は、あまり感じませんでしたね。

山田

「病は気から」とも言いますが、仕事が乗っているときは、意外と無理が利くものですね。私も若い頃、サラリーマン生活に区切りをつけて故郷に帰り、父の養蜂業を手伝っていたのですが、31歳の時、父が脳溢血で倒れ、2日後に自宅を全焼するという災難に遭いました。それを境にすべての責任が私にのしかかり、人手が足りず、販売方法も通信販売に切り換えざるを得なかったのですが、逆にそれが幸いしたのか、思わぬ事業の発展につながったのです。 お客様とのコミュニケーションも楽しくて、仕事に夢中になり、気がつけば朝は7時前から深夜12時過ぎまで働きづめの毎日でした。確かに、体はクタクタに疲れているのですが、一晩寝れば、翌朝はシャキッとして、「人間の体って意外と頑丈にできているなぁ」と不思議に思ったものです。

渡邊

若い頃の回復力は、早いですからね。

ストレスが追い打ち

山田

本当に、そう思いますね。すべてを忘れて物事に熱中すれば、脳細胞も活発に働き、免疫が上がって病気になりにくくなる、と聞いたことがあります。やはり、ストレスを抱えるのはよくないですね。

渡邊

糖尿病でも、そうですよ。原因は、いろいろありますが、ストレスの影響も、無視できません。例えば、転勤や転職、困難な仕事に直面している時などに、発症することがよくあります。 私の場合もそうでした。 当時、疫学部長として難しい仕事を引き受け、ストレスが相当溜まっていたのでしょう。一緒に仕事をしていた同僚3人も同時に糖尿病になったくらいですから。 ストレスは血糖値を上げるアドレナリンなどのホルモンを分泌します。私のように元々、糖尿病の原因となる過食、運動不足の素地があって、普段から血糖値が高めのところにストレスが加わり、すい臓への負担を一気に高めてしまうようなケースは、珍しくありません。

山田

ストレスの多い現代社会。ストレスが引き金になって、いつ、誰が糖尿病になっても不思議ではありません。

渡邊

私も病理医として糖尿病の方を解剖し、合併症の怖さは知っていました。 特に網膜症からの失明や腎症による人工透析を受けるような事態は何としても避けたいと思い、専門書や外国の文献などを手当たりしだいに読み、研究しました。 結局、薬は使わずに食事と運動で血糖をコントロールする方法を選択したのですが、それが功を奏したのか、病気になる前よりも今のほうが、はるかに健康になったと実感しています。

渡邊 昌(わたなべ しょう)

1941年平城生まれ。医学博士。慶応大学医学部卒。国立がんセンター研究所疫学部長、東京農大教授、国立健康・栄養研究所理事長などを経て、現在生命科学振興会理事長。日本総合医学会会長。「食事でがんは防げる」など著書多数。